
朝東風(あさごち) 夕東風(ゆうごち)
強東風(つよごち) 荒東風(あらごち)
梅東風(うめごち) 桜東風(さくらごち)
雲雀東風(ひばりごち) 鰆東風(さわらごち)
いなだ東風(いなだごち)
● 季語の意味・季語の解説
冬の間、日本へ寒風を送り続けたシベリアの寒気団が衰えると、太平洋側から東よりの風が吹くようになる。
これが東風(こち)である。
暖かさとやわらかさを感じさせる「春風」と異なり、「東風」という季語には、きりりとした冷たさの残る感じがある。
岩つかむ鳶もよろめき東風強し (富安風生)
鳶=とび。
しかしながら、東風は春を告げる風であり、東風の光を感じると冬の塞いだ気分が晴れて明るくなる。
嘶きてはからだひからせ東風の馬 (大野林火)
嘶き=いななき。
東風は色々な語と結び付けやすく、朝東風、夕東風、強東風、荒東風などの形で用いられる。
夕東風のともしゆく灯のひとつづつ (木下夕爾)
梅をほころばせる東風なら梅東風、桜なら桜東風、雲雀(ひばり)が揚がる頃なら雲雀東風などと表現する。
船の名の釣宿ばかり雲雀東風 (古賀まり子)
また、鰆(さわら)の漁期を告げる東風には鰆東風、イナダ(ブリの幼魚)ならいなだ東風などという呼び方も与えられている。
トンボロをゆく自転車や鰆東風 (凡茶)
● 季語随想
俳句をやっていると、昔の人々は、自然と対話しがら生きていたのだなあと、しばしば思わされます。
かつて人々は、北風が東風に変わってくると、それを敏感に感じ取り、春の生活の準備を始めました。
例えば、瀬戸内の漁師は、東よりの風を察知すると鰆東風と呼び、鰆の漁期を知りました。
昔の人々にとって、現代の俳句歳時記に述べられているような内容は、自然とともに生きるための知識であったのだと思われます。
一方、現代社会の市民は、自然と対話しながら行動を決めていくというわけにはなかなかいきません。
現代社会は様々な約束の上に成り立っていますから、春が来ようと、冬が居座ろうと、決められた日には決められた行動をとることを要求されます。
雨が降ろうと、雪が降ろうと、いつまでも聞き入っていたい美声で鶯が鳴こうと、決められた時間には、出勤、通学など、決められた行動をとることを要求されます。
現代社会は、時間、場所、行動を結びつける様々な約束で成り立っているため、自然の変化より、時計の針の動きの方が、人々の生活に大きな拘束力を持つのです。
私は、教員という立場で、社会生活のルールを子供たちに教えることをしてきましたので、時計の針の動きを重視する現代社会のルールを否定したり、嘆いたりする気は毛頭ありません。
現代社会に生きる以上は、現代社会で要求される生活リズムを守るのは当然のことです。
ただ、時計の針に動かされ続けているうちに、人間は自分の身の回りの変化を感じ取る能力を退化させてしまうのではないかという不安が少しあります。
私も俳句を始める前は、東風、北風、南風(はえ)などと、風向きを意識することなどほとんどありませんでした。
● 古今の俳句に学ぶ季語の活かし方
東風(こち)に吹かれると、「肌」は冷たさを感じます。
しかし、「気持ち」は春の訪れという喜びで満たされます。
ゆえに、東風という季語を俳句に用いると、強さ・荒さの中に、明るさ・光を感じとることのできる一句が出来上がります。
のうれんに東風吹いせの出店哉 (与謝蕪村)
(暖簾に東風吹く伊勢の出店かな)
川の香のほのかの東風の渡りけり (炭太祇)
東風吹くや耳現はるゝうなゐ髪 (杉田久女)
うなゐ髪=うなじのあたりで結び、垂らした髪。
なお、東風は太平洋が産む強い風ですから、東風を用いた俳句に登場する海は、特に断らなくても、波の荒い海ということになります。
俳句を作る側も、鑑賞する側も、穏やかな海ではなく、猛々しい海をイメージする必要があります。
夕東風や海の船ゐる隅田川 (水原秋櫻子)
トンボロをゆく自転車や鰆東風 (凡茶)
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例えば、次の名句は、いずれも中七の後ろを「けり」で切り、座五に名詞を据える形をしています。
●凩(こがらし)の果(はて)はありけり海の音(言水)
●ひた急ぐ犬に会ひけり木の芽道(中村草田男)
また、次の名句は、いずれも名詞で上五の後ろを切り、句末は活用語の終止形で結ぶ形をしています。
●芋の露連山影を正しうす(飯田蛇笏)
●秋の暮大魚の骨を海が引く(西東三鬼)
筆者(凡茶)も、名句の鑑賞を通じて、このような美しい俳句の形を使いこなせるようになることで、次のような自信作を詠むことができました。
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俳句の宇宙 長谷川櫂著
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■ 俳句は深くて、面白いなあ… 心からそう思えた本でした!
この章を読み、俳句の「切れ」を「間」と捉え、その「間」をじっくり味わおうとするようになってから、既に目にしていた名句が、それまでとは違って見えてくるようになりました。
また、第七章「宇宙について」も、面白くてあっという間に読んでしまいました。
この章で、「造化」というものに関する著者の考え方を読んでから、芭蕉の時代の句に接する際は、その句が生み出される場としての「造化」というものを読み取ってみようと意識するようになりました。
もちろん、私ごときが読み取ろうと思って読み取れるような浅いものではないのですが…
とにかくこの本は、
「自分が足を踏み入れた俳句の世界は、どこまでも深いんだなあ。そして、深みに潜れば潜るほど、新しい面白みに接することができるんだなあ… 」
そんな気持ちにさせてくれる一冊でした。
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