行く春

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● 季語の意味・季語の解説
過ぎ去ろうとする春、刻々と終わりの時へ近づきつつある春。
終わりに近い春のひと頃を指す季語というより、春から夏へと流れようとする時間、すなわち、「時の移ろい」を表す季語であると捉えて俳句を読みたい。
冬の間待ちに待った春、美しい花々や柔らかい光を存分に楽しませてくれた春が、まさに終わろうとしている様子を詠むわけだから、当然、強い詠嘆の気持ちが含まれる。
しかし、「春惜しむ」という季語が人の内側にあるものを表現しているとすれば、「行く春」は、やはり人の外側を流れている。
● 季語随想
人には、強い絆で結ばれた人と、離れ離れにならなければならない時がある。
そんな時、人は、残された時間を使って、目いっぱい美しい思い出を残そうとする。
いや、目いっぱい美しい思い出を生み出そうとするといった方が正確かもしれない。
そんな時には、行く春を惜しむときと、同じような胸の傷みを感じるものだ。
不思議なことに、この胸の痛みを感じながら生み出した思い出を振り返ると、それは必ずキラキラとした輝きを帯びている。
なぜだろう?
この胸の痛みを感じているとき、人は、離れていくものに対して、最も純粋になり、最も真剣になり、最も感謝しているということなのかもしれない。
行く春や乗船までのハーモニカ (凡茶)
● 古今の俳句に学ぶ季語の活かし方
「行く秋」を感じると、心の中の色々な感情が周りの景色とあわせるように枯れていき、「寂寥感」だけが残って、その存在感を増していくように思えます。
一方、「行く春」を感じると、心の中が、湧きあがって来た色々の感情でいっぱいになってしまい、なんだか、痛くなるような感覚を覚えます。
つまり、行く秋は空虚な感情を、行く春は凝集された感情を人に抱かせます。
行春を近江の人とおしみける (松尾芭蕉)
行春や鳥啼魚の目は泪 (松尾芭蕉)
啼=なき。 泪=なみだ。
やよ虱這ヘ這ヘ春の行く方へ (小林一茶)
虱=しらみ。
また、次の三つの俳句には、春を惜しむ心の他に、晩春らしい艶もあり、句作の手本となります。
ゆく春やおもたき琵琶の抱心 (与謝蕪村)
抱心=だきごころ。
行春やうしろ向けても京人形 (渡辺水巴)
行春や茶屋になりたる女人堂 (川端茅舎)
行く春を感じとる直前まで享受していた春の華やぎ、春の躍動、春のまばゆさを、淋しさの中に少しだけにじませるのも、この季語にふさわしい俳句の作り方と言えるでしょう。
行く春や鄙の空なるいかのぼり (加舎白雄)
鄙=ひな。田舎のこと。 いかのぼり=凧(たこ)のこと。
行く春や浜に刺さりし忘れ椅子 (凡茶)
≪おすすめ・俳句の本≫
佳句が生まれる「俳句の形」 凡茶
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さて、俳句には、読者の心に響く美しい形というものがいくつか存在します。
例えば、次の名句は、いずれも中七の後ろを「けり」で切り、座五に名詞を据える形をしています。
●凩(こがらし)の果(はて)はありけり海の音(言水)
●ひた急ぐ犬に会ひけり木の芽道(中村草田男)
また、次の名句は、いずれも名詞で上五の後ろを切り、句末は活用語の終止形で結ぶ形をしています。
●芋の露連山影を正しうす(飯田蛇笏)
●秋の暮大魚の骨を海が引く(西東三鬼)
筆者(凡茶)も、名句の鑑賞を通じて、このような美しい俳句の形を使いこなせるようになることで、次のような自信作を詠むことができました。
●糸取りの祖母逝きにけり雪解雨(凡茶)
●露の玉工場ドスンと始まりぬ(凡茶)
この本は、こうした佳句の生まれやすい美しい俳句の形を、読者の皆様に習得していただくことを目的としています。
なお、この本は、前著『書いて覚える俳句の形 縦書き版/横書き版』(既に販売終了)を、書き込み型テキストから「純粋な読み物」に改め、気軽に楽しめる形に書き変えて上梓したものです。
あちこち加筆・修正はしてあるものの、内容は重複する部分が多いので、すでに前著『書いて覚える俳句の形』をお持ちの方は、本著の新たな購入に際しては慎重に検討してください。
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新版20週俳句入門 藤田湘子著
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■ どこに出しても恥ずかしくない俳句を詠めるようになる本です
昭和63年に出された旧版『20週俳句入門』があまりにも優れた俳句の指導書であったため、平成22年に改めて出版されたのが、この『新版20週俳句入門』です。
この本は、
〔型・その1〕 季語(名詞)や/中七/名詞
〔型・その2〕 上五/〜や/季語(名詞)
〔型・その3〕 上五/中七/季語(名詞)かな
〔型・その4〕 季語/中七/動詞+けり
の4つの型を、俳句を上達させる基本の型として、徹底的に読者に指導してくれます。
これらをしっかり身につけると、どこに出しても恥ずかしくない俳句を詠めるようになるでしょう。
王道の俳句を目指す人も、型にとらわれない斬新な俳句を目指す人も、一度は読んでおきたい名著です。
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