薔薇(ばら) (夏の季語:植物)

     バラ 薔薇(そうび) しょうび

薔薇(バラ)
27夏の季語・植物・薔薇(バラ).jpg
        デジカメ写真


季語の意味・季語の解説
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 鑑賞用、贈答用に栽培される代表的な花。
 赤、白、黄など様々な色があるが、俳句の中で白薔薇、黄薔薇などとせず、単に「薔薇」と用いる場合は、多くの読者が赤い薔薇を想像すると思われる。

 鮮やかな色、馥郁たる香りから、高貴の象徴とされるが、鋭い棘(とげ)のある品種も多く、魔性を感じさせる時もある。

27夏の季語・植物・薔薇 〜ばら〜.jpg
        パソコン絵画


季語随想
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●友達からバラの届く母

 母の大切な友達が、わが家に真っ赤なバラを届けてくれました。
 冒頭の写真がそれです。

 母はずっと年下の人から、ずっと年上の人まで、多くの友達を持っています。
 そして、母には、毎日のように、心を幸せにしてくれるたくさんのプレゼントが届きます。

 自家製のお菓子、時間をかけて作った蕗の煮もの、近所の名店のタイ焼き、家庭菜園の野菜、等々…。

 今度のバラも、そうしたプレゼントの一つです。

 世の中には、その人に話を聞いてもらうだけで、不安や怒りがスーッと消えていく、心のお医者さんのような人がいます。
 私も、心のお医者さんのような人々に幾度となく元気をもらってきました。

 たぶん、そんなキャラクターだから、母はいくつになっても友達を増やしていくことができるのでしょう。
 息子の私はそう見ています。

 ところで、母の血を引いているにもかかわらず、私はいい年をして友達関係の構築が実に苦手です。
 私のようなひねくれ者に友からバラが届くようになるのは、母を手本に人付き合いを学び始めたとしても、ずっと先のことになるでしょう。
 ですから私は、人からバラをいただく前に、人にバラの花を贈れる、純な心の持ち主になることを初めにしなくてはならないようです。

●バラの香りのするフルーツ

 日本人が好んで食べるフルーツには、バラ科に属するものが多いようです。

 林檎、桃、スモモ、梨、洋梨、梅、あんず、サクランボ、かりん、びわ、苺…
 これらは皆、バラ科の植物なんだそうです。
 
 多くのフルーツがバラ科であるということを知ったとき、私は次のような想像をしました。
 世界のどこかには、きっと、薔薇と同じ香り、もしくは薔薇に極めて似た香りを持つフルーツが存在するのではないかと。

 そして、頭の中でそのフルーツを味わってみました。
 まずは馥郁たる香りが鼻へ抜け、次に爽やかな甘みが口いっぱいに広がりました。
 あまりの美味しさに、想像の味であるにもかかわらず、恍惚となりました。

 直後、私は、その至福の美味を実体験すべく、未知のフルーツを見つけるための世界旅行に出かけてみようかなどということを考えました。
 そして、許可を得てその種子を持ち帰り、日本で新たな商売でも起こそうかと。

 また、果実の品種改良を一から学んで、薔薇の香りのする理想のフルーツを自らの手で生み出してみようかとも考えました。
 
 しかし、百の想像をして、一の行動を実現するかしないかという愚図な私です。
 当然、薔薇の香りのするフルーツを自らの手に入れるための行動は何一つせず、想像の世界だけでその味を楽しんでいくことになりました。

 私に、もうすこし想像を行動に移す身軽さがあれば、「バラ色」の人生を手にすることもできたのかもしれないのですが。


季語の用い方・俳句の作り方のポイント
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 色鮮やかで高貴な香りのする薔薇(ばら)は、だれもが認める美しい花です。
 しかし、棘(とげ)のある品種が多いためか、その美しさは、どこか「ぞくっ」とするような美しさです。

 ですから、私が薔薇を季語に俳句を詠む場合は、その「ぞくっ」という部分を生かすような作り方が多くなります。

  終電に一輪の薔薇落ちゐたり (凡茶)

  薔薇園やちびを捕へし鼠とり (凡茶)



≪おすすめ・俳句の本≫

俳句の宇宙 長谷川櫂著
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■ 俳句は深くて、面白いなあ… 心からそう思えた本でした!


 最も私の心をとらえたのは第四章「間について」
 この章を読み、俳句の「切れ」を「間」と捉え、その「間」をじっくり味わおうとするようになってから、既に目にしていた名句が、それまでとは違って見えてくるようになりました。

 また、第七章「宇宙について」も、面白くてあっという間に読んでしまいました。
 この章で、「造化」というものに関する著者の考え方を読んでから、芭蕉の時代の句に接する際は、その句が生み出される場としての「造化」というものを読み取ってみようと意識するようになりました。
 もちろん、私ごときが読み取ろうと思って読み取れるような浅いものではないのですが…

 とにかくこの本は、
 「自分が足を踏み入れた俳句の世界は、どこまでも深いんだなあ。そして、深みに潜れば潜るほど、新しい面白みに接することができるんだなあ… 」
 そんな気持ちにさせてくれる一冊でした。



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posted by 凡茶 at 17:33 | Comment(0) | 夏の季語(植物) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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