野分(のわき) (秋の季語:天文)

     野分(のわき・のわけ) 野分立つ(のわきだつ)
     野分跡・野分後(のわきあと) 野分晴(のわきばれ)

野分
32秋の季語・天文・野分.jpg
        パソコン絵画


● 季語の意味・季語の解説

 野の草を分けて吹くような秋の暴風を野分(のわき)と呼ぶ。

 江戸時代から盛んに使われてきた季語であるが、立春より数えて二百十日から二百二十日の頃(現在の9月1日〜11日頃)によく吹くとされているので、多くは台風を指していたと考えられる。

  野分まだをり一叢の屋根草に (凡茶)
      一叢=ひとむら。草などの群れた一かたまり。

 ただ、野分を用いた俳句を鑑賞する場合には、「野分イコール台風」ではなく、「野分とは台風やそのほかの要因で吹く秋の暴風全般である」という捉え方で、その句を読むべきであろう。

  釣鐘のうなるばかりに野分かな (夏目漱石)

  大原女の居すくまりたる野分かな (巌谷小波)

 副題の野分跡・野分後(のわきあと)は野分が過ぎ去ったあとの荒涼たる様、野分晴(のわきばれ)は野分のあとの眩しく晴れ渡った様を思い浮かべるとよい。

  水寒し野分のあとの捨筏 (加舎白雄)
      筏=いかだ

  道艶にして山へ入る野分後 (藤田湘子)
      艶=「えん」と読む。

  小虫食む小虫あちこち野分晴 (凡茶)
      食む=「はむ」と読む。


● 季語随想

 不安などという実体の無い幻を、野分が吹き飛ばしてくれたことがある。

 10年ほど前の夜のことだ。

 それ以来、挑戦しない理由を考え出しては自分に言い聞かせるような毎日とは決別した。

 己の心に正直に進もう…

 そう決心したら、全身を揺さぶってくる荒々しい野分が、なんだかとても心地よくなった。


● 古今の俳句に学ぶ季語の活かし方

 荒々しい野分(のわき)に感じる美は、「きびしさ」という美であると思います。
 野分を季語に、「きびしさ」のある俳句を詠んでみましょう。

 いくつか例を示したいと思います。

  吹とばす石はあさまの野分かな (松尾芭蕉)
      あさま=浅間山。活火山である浅間山の山麓は、溶岩の風化した岩や石が転がっている。

  岩端の鷲吹きはなつ野分かな (大島蓼太)
      岩端の鷲=岩の先に止まっているワシ。

  鳥羽殿へ五六騎いそぐ野分哉 (与謝蕪村)
      鳥羽殿=とばどの。平安時代中期に白河上皇が現在の京都市伏見区に造営した離宮。
      哉=かな。

  荷車の下に鶏鳴く野分かな (羅蘇山人)

  いちはやく火の見ひともる野分雲 (上田五千石)

  助手席に野心作乗る野分かな (凡茶)

 また、外で野分が吹き荒れているときの閑かな屋内の様子を詠むと、「きびしさ」との対比で、「さびしさ」の際立つしみじみとした俳句になるようです。
 以下の句を参考にしてみて下さい。

  芭蕉野分して盥に雨を聞夜哉 (松尾芭蕉)
      盥=たらい。 聞=きく。 哉=かな。

 外で野分に揺られる芭蕉の葉と、庵の中で雨漏りを受ける盥(たらい)の音を取り合わせています。
 八・七・五音の字余りの句ですが、「きびしさ」と「閑寂」の共生する名句だと思います。

  今生はつぐなひの生遠野分 (能村登四郎)

  首飾りざらと置きたる野分かな (波多野爽波)


≪おすすめ商品≫

歳時記の収録されている電子辞書
==============================
CASIO エクスワード XD-D6500BK


 以前は、句会・吟行といえば、辞書や歳時記などを持参しなければならず、これが結構重いものでした。

 しかし、今は歳時記入りの電子辞書が登場したおかげで、ずいぶん持ち物が軽くなりました。

 例えば、左の電子辞書には、次の歳時記が納められています。

合本俳句歳時記 四訂版
現代俳句歳時記
(春・夏・秋・冬・無季)
ホトトギス俳句季題便覧


 また、次のような収録コンテンツも、きっと俳句の実作、吟行に役立つでしょう。

広辞苑 第六版
全訳古語辞典 第三版
漢語林


 読めない漢字も手書きで検索できますし、俳人にとっては実にありがたいですね!

 この電子辞書には、他にも、百科事典や、日本と世界の文学作品(各1000作品)等、さまざまなコンテンツが収められていて、とにかく飽きません。
 世の中便利になったものです。



俳句の宇宙 長谷川櫂著
==============================
■ 俳句は深くて、面白いなあ… 心からそう思えた本でした!


 最も私の心をとらえたのは第四章「間について」
 この章を読み、俳句の「切れ」を「間」と捉え、その「間」をじっくり味わおうとするようになってから、既に目にしていた名句が、それまでとは違って見えてくるようになりました。

 また、第七章「宇宙について」も、面白くてあっという間に読んでしまいました。
 この章で、「造化」というものに関する著者の考え方を読んでから、芭蕉の時代の句に接する際は、その句が生み出される場としての「造化」というものを読み取ってみようと意識するようになりました。
 もちろん、私ごときが読み取ろうと思って読み取れるような浅いものではないのですが…

 とにかくこの本は、
 「自分が足を踏み入れた俳句の世界は、どこまでも深いんだなあ。そして、深みに潜れば潜るほど、新しい面白みに接することができるんだなあ… 」
 そんな気持ちにさせてくれる一冊でした。



季語めぐり 〜俳句歳時記〜 トップページへ
posted by 凡茶 at 05:38 | Comment(0) | 秋の季語(天文) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント