茸(きのこ) (秋の季語:植物)

     茸(きのこ・たけ) 菌(きのこ) 木の子 くさびら
     茸山(きのこやま・たけやま)

37秋の季語・植物・茸(きのこ).jpg
        パソコン絵画


季語の意味・季語の解説
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学生時代に描いた茸.jpg
秋、雨の多い時期になると、湿った土や朽ちた木などに茸がたくさん生える。
 山国では、この茸を狙って、地元の人々が茸狩りに出かける。

 ただし、茸の中には、毒鶴茸(ドクツルタケ)のような食べると死に至ることもある危険な猛毒菌も存在するので、素人だけで茸狩りに行くのは危険。
 慣れるまでは、必ずベテランを同伴することが大切だ。

 かつて、松茸、網茸(アミタケ)、初茸(ハツタケ)、松露(ショウロ)など、土に生える茸はくさびらと呼ばれ、木に生える椎茸、舞茸(マイタケ)、滑子(ナメコ)、栗茸(クリタケ)などの木の子と区別された。

 土に生える茸は人工栽培が難しく、現在、研究段階である。
 これに対し、木に生える茸は、人工栽培が比較的しやすく、季節を問わず、賞味することができる。

 なお、一般にシメジとして流通している茸は、実は、平茸(ヒラタケ)など木に生える茸であり、本当の湿地(しめじ)は土に生える。
 この土に生える湿地を食さない限り、よく言われる「匂い松茸、味しめじ」の本義は理解できない。

 茸は、それぞれの土地の方言で親しまれていることが多く、筆者の地元では花猪口(ハナイグチ)を“じこぼう”、正源寺(ショウゲンジ)を“こむそう”と呼んで、よく取りに行く。

 ちなみに、右上の絵は、学生時代にスケッチした茸。
 上から、タマゴタケ、ハツタケ、ハナイグチ。


季語随想
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■ 一 ■ 茸の個性

 私の祖父はいわゆる茸名人で、父も、私も、それぞれ祖父に連れられ、茸狩りに出かけたことがあります。
 ただ、父と私が一緒に茸狩りに行くことは、私が大学院生の歳になるまで、何故かありませんでした。

 その年、私はどうしても故郷の山で茸狩りをしたくなり、大学院の研究が忙しい中、無理をして都合をつけ、実家に戻りました。
 そして、父と地元のカラマツ林へ、茸を採りに出かけました。

 父と私は、祖父に教わったことを思い出しながら山中を歩きまわり、じこぼう(ハナイグチ)などの茸で、かごを満杯にしました。

 家に戻り、父と酒を酌み交わしながら、母に作ってもらった茸汁を楽しみました。
 すると、父も、私も、意外なことに気付き、驚かされました。

 なんと、茸汁の椀の中の、一つ一つの茸の形に際立った個性があり、どの茸が、どのような場所で採った茸か、鮮明に思い出せるのです。

 傘の厚いもの、へこんだもの、軸の太いもの、曲がったもの…
 そういう一つ一つの茸について、これはズボンを汚しながら下った急斜面で採ったとか、これは木々の疎らな落ち窪んだ湿地で採ったとか、そういうことをいちいち思い出せるのです。

 採る時からべっぴんだと思っていた茸が箸にかかると、なんだか食べるのが惜しくなってみたり、採る時には不細工だと思っていた茸が意外に美味しかったりすると、得をした気分になったり…

 とにかく、とても楽しい酒になりました。
 忘れられない大切な日になりました。

 その後、すぐに父は脳出血で倒れ、しばらくして他界しました。
 ですから、これが父との最初で最後の茸狩りになりました。

 あの年の秋、私はなぜ、突然郷里の山で茸狩りがしたくなったのでしょうか。
 大学院での研究を中断し、アルバイトの休みも頂いてまで、なぜ田舎で父と茸を採りたくなったのでしょうか。

 第六感ってやつかもしれませんね。

  採りしより贔屓の茸我が椀に (凡茶)
      贔屓=ひいき。


■ 二 ■ 茸は安心も味のうち

 少年時代、山道でタマゴタケを偶然に見つけたことがあります。
 タマゴタケを見るのはその時が初めてでしたが、図鑑などで、とても美味しい茸であることを知っていたので、喜んで採って帰りました。

 しかし、いざ食べるとなると勇気が要りました。
 なぜなら、タマゴタケは、毒キノコの多いテングタケの仲間であり、もし別の茸と間違っていたら、命にかかわる大変なことになるからです。

 そこで、私は、「このタマゴタケは俺一人で食うから、母ちゃんは口にしちゃダメだ」と宣言してから、母に吸い物を作ってもらいました。
 ところが、母は私の言ったことを無視して、吸い物を作っている最中に、その汁を味見してしまったのです!

 思わず私は、「食べるなと言ったろ!」と母を怒鳴ってしまいました。

 その後、私はタマゴタケの吸い物をすすり、結局は無事でしたが、ビクビクしながら口にしたので、味なんてわかりませんでした。
 何より、母の体が心配で、しばらく気が休まりませんでした。

 「茸は安心も味のうち」とよく言います。
 心配しながら食べても、ちっとも美味しく感じません。

 茸を美味しく食べる最大のコツは、絶対に安全とわかっているものしか口に入れないことです。

 知らない茸、少しでも不安のある茸は、食べてはならないし、はじめから採らないようにすることが大切です。


■ 三 ■ 私の処女作

 以前、俳句雑誌か何かで、有名な俳句の先生たちの処女作(第一作目)を紹介していたことがあります。
 それを読んで、私は唖然としました。

 そこに並んでいる俳句が、どれもこれも、みな完成度の高い優れた作品ばかりなのです。

 「高名な俳人は才能が違うから、最初からこんな立派な俳句を詠めるんだろう」と思ってみたり…

 「これはウソだろ。素人が最初からこんな秀作を詠めるはずが無い。いろいろと手を入れて、もはや発表当時の原型はとどめてないはずだ」と思ってみたり…

 それはさておき、私が大学の俳句会に入って最初に詠んだ句は、「茸」を季語に据えた次の俳句です。

  きのこ汁ぬめり坊主の湯あみかな (凡茶・処女作)

 茸汁を、ぬめり坊主という実在しない人物の湯あみに見立てた安直な句です。
 しかも、切れ字「かな」を、その効用もわからずに用いています。

 これが私の処女作です。

 駄句ですが、この句だけは直さずに、そのままにしておこうと思います。
 こんな俳句を詠むために、数週間も試行錯誤を続けた当時の自分を思い出し、時折クスッと思い出し笑いするために。


季語の用い方・俳句の作り方のポイント
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 茸は愛嬌のある形をしています。
 ですから、愛嬌のある俳句が出来あがるようです。

  釣鐘のいぼの落ちたる松露かな (椎本才麿)
      松露=しょうろ。軸に傘の乗る形はしておらず、丸い形をしている。

  初茸やひとつにゑくぼひとつづつ (雲津水国)
      初茸=はつたけ。分厚い傘を持つが、中央がへこんでいる。

  扇にてしばし数へるきのこかな (小林一茶)

 読み手がくすりとほほ笑むような一句が生まれるとしめしめですね。

 さて、次は私の俳句を紹介。
 天然の茸には、その茸が育った山の、落ち葉の香りが凝縮されています。

 そういう茸を、気心の知れた仲間と食べると、その土地への愛着と敬意が深まる気がします。

  呑兵衛も下戸も訛れりきのこ鍋 (凡茶)
      呑兵衛=のんべえ。酒好きのこと。  下戸=げこ。酒の苦手な人。      



≪おすすめ・俳句の本≫

俳句がうまくなる100の発想法 ひらのこぼ著
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■ 似たような俳句ばかり作るようになってきたと感じたら、読むべき本です。


 この本の目次に並ぶタイトルから、ほんの一部を引っ張り出して並べてみます。

 「裏返してみる」「動物の顔を詠む」「ドラマを仕立てる」「天気予報をする」「強引に断定する」「名づけてしまう」…

 どうですか?
 目次の一部を眺めただけで、ハッと気付かされたような気になりませんでしたか?

 長い間俳句をやっているいと、「若い頃にも似たような俳句を作ったなあ…」と頻繁に感じるようになります。

 私もずっとそのような状態から抜け出せないでいましたが、この本と出合うことで、それまでの自分とは違った視点で、新鮮な俳句が詠めるようになってきたと感じています。

 俳句作者として10年ほど若返ることができたような、そんな気持ちになっています。

追記:
 著者のひらのこぼ氏は、他にも興味深い本をいくつか書いておられるので、以下に紹介しておきます。

俳句がどんどん湧いてくる100の発想法

俳句発想法 100の季語

俳句名人になりきり100の発想法





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posted by 凡茶 at 02:05 | Comment(0) | 秋の季語(植物) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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