万緑 (夏の季語:植物)

     ばんりょく

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        デジカメ写真


● 季語の意味・季語の解説

 辺り一面が草木の緑に覆われた状態を万緑(ばんりょく)と言う。

 初夏の新緑のみずみずしい緑よりも強い、真夏の深い緑を想像すると良い。

 王安石の詠んだ「万緑叢中紅一点(※)」など、万緑の語はもともと漢詩に用いられていたが、中村草田男の次の一句により、俳句の季語として定着した。

  万緑の中や吾子の歯生え初むる (中村草田男)
      吾子=あこ。我が子のこと。
      初むる=そむる。

 近現代の俳句を代表する名句中の名句である。

 ※「ばんりょく・そうちゅう・こういってん」と読む。「見渡す限りの緑の中に赤い石榴(ざくろ)の花が一輪咲いている」という意味だが、今では大勢の男性の中に女性が一人という意味で、紅一点の部分が使われる。


● 季語随想

 俳句を始めて間もない頃の私に、切字の大切さを教えてくれたのが次の一句である。

  万緑の中や吾子の歯生え初むる (中村草田男)

 この句、上五の最後でも、中七の最後でもなく、わざわざ中七の途中に切字の「や」を用いている。

 初めてこの句を読んだとき、まだ俳句というものを全然わかっていなかった私は、「や」のところは「に」に変えた方が文法的に自然ではないのかと思い、実際にそれを試してみた。

  万緑の中に吾子の歯生え初むる

 しかし、「や」の一字を「に」の一字に変えたこの句を読んでみて、切字を用いること、“切る”ということがいかに大切か、思い知らされたような気がした。

 本来の草田男の俳句では、万緑という季語からむせかえるような生命のエネルギーがあふれ出ていて、圧倒されるような感じを覚えるのであるが、「や」を「に」に変えた句からは、そのようなエネルギーを感じない。

 また、本来の句からは、小さな「吾子の歯」に凝集された命の尊さのようなものを強く感じるのであるが、いじった方の句では、それがぼやけてしまっている。

 「ああ、これが切字の効果か!」と、学生時代の煎餅布団の中で、思わず声を漏らしたことを覚えている。

 このことがあって以来、私は、心がけて切字を多用するようになった。

 実際、もともと自分のお気に入りだった句が、切字を入れて作り直すことで、さらなる自信作に成長したことも少なくない。

  春を待つ引き出しの石握りしめ→
  春待つや引き出しの石握りしめ (凡茶)

  朧夜の湯船に並ぶ僧の首→
  僧の首湯船に並ぶ朧かな (凡茶)


● 古今の俳句に学ぶ季語の活かし方

 万緑(ばんりょく)という季語を用いた俳句には、対比によって醸し出される趣きを句のテーマに据えている作品が多いようです。参考にしましょう。

  万緑の中や吾子の歯生え初むる (中村草田男)

 くり返し引用している俳句ですが、生命力の満ちあふれた空間とその中に置かれた小さな命の対比、深い緑とけがれない白の対比が鮮やかです。

  万緑や梵鐘色を鎮めたる (河野静雲)
      梵鐘=ぼんしょう。寺などの釣り鐘のこと。
      鎮めたる=「しずめたる」と読む。

 草木の緑と古びた鐘の錆び色の対比を味わいます。

  寂として万緑の中紙魚は食ふ (加藤楸邨)
      寂=「せき」と読む。紙魚=しみ。

 卑小な紙魚を万緑と対比させていますが、滑稽味があると同時に、緑の深さに畏れ(おそれ)のようなものも感じる一句です。

  谿へ尿すはてきらきらと万緑へ (加藤楸邨)
      谿=「たに」と読む。尿=「いばり」と読む。

 昔買った歳時記から見つけた俳句で、上の句と同じ作者の作品ですが、こちらの万緑からは青々と大らかな印象を受けます。

  万緑や死は一弾を以て足る (上田五千石)
      以て=「もって」と読む。

 生と死の対比にどきりとさせられます。

 最後に、私の俳句を紹介します。
 大いなる自然と、ささやかな人の暮らしを対比させました。

  万緑の端より摘みし薬味かな (凡茶)



≪おすすめ・俳句の本≫

新版20週俳句入門 藤田湘子著
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■ どこに出しても恥ずかしくない俳句を詠めるようになる本です

 昭和63年に出された旧版『20週俳句入門』があまりにも優れた俳句の指導書であったため、平成22年に改めて出版されたのが、この『新版20週俳句入門』です。

 この本は、
   〔型・その1〕 季語(名詞)や/中七/名詞
   〔型・その2〕 上五/〜や/季語(名詞)
   〔型・その3〕 上五/中七/季語(名詞)かな
   〔型・その4〕 季語/中七/動詞+けり

 の4つの型を、俳句を上達させる基本の型として、徹底的に読者に指導してくれます。

 これらをしっかり身につけると、どこに出しても恥ずかしくない俳句を詠めるようになるでしょう。

 王道の俳句を目指す人も、型にとらわれない斬新な俳句を目指す人も、一度は読んでおきたい名著です。




俳句の宇宙 長谷川櫂著
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■ 俳句は深くて、面白いなあ… 心からそう思えた本でした!


 最も私の心をとらえたのは第四章「間について」
 この章を読み、俳句の「切れ」を「間」と捉え、その「間」をじっくり味わおうとするようになってから、既に目にしていた名句が、それまでとは違って見えてくるようになりました。

 また、第七章「宇宙について」も、面白くてあっという間に読んでしまいました。
 この章で、「造化」というものに関する著者の考え方を読んでから、芭蕉の時代の句に接する際は、その句が生み出される場としての「造化」というものを読み取ってみようと意識するようになりました。
 もちろん、私ごときが読み取ろうと思って読み取れるような浅いものではないのですが…

 とにかくこの本は、
 「自分が足を踏み入れた俳句の世界は、どこまでも深いんだなあ。そして、深みに潜れば潜るほど、新しい面白みに接することができるんだなあ… 」
 そんな気持ちにさせてくれる一冊でした。




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posted by 凡茶 at 19:27 | Comment(0) | 夏の季語(植物) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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