柿 (秋の季語:植物)

     渋柿 樽柿 さわし柿 干し柿 ころ柿 吊るし柿
     甘柿 きざわし(木淡) こねり(木練)
     熟柿(じゅくし) 木守・木守柿 串柿 


37秋の季語・植物・柿(イラスト).jpg
        パソコン絵画


季語の意味・季語の解説
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 柿の原産地は中国と考えられているが、日本における栽培の歴史も古い。
 日本の柿栽培は有史以前に始められていたらしく、古事記や日本書紀の中に記述が見られる。

 柿は日本人の食生活・食文化に最も浸透した果物である。
 晩秋、ある程度古くからある集落を歩くと、枝もたわわに実がなっているのを、あちらこちらで見かける。

枝いっぱいに実る柿
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        デジカメ写真

 柿には様々な種類があるが、口の中で渋み成分のタンニンが溶け出す「渋柿」と、タンニンが口の中でも溶けない「甘柿」の2種類に大きく分けられる。

 このうち渋柿は、渋抜きをしてからでないと食べられないが、渋抜きの方法もいろいろある。
 いくつか例を挙げてみよう。

  ・「樽柿」は、空いた酒樽に渋柿を納め、アルコール分によって渋みを抜いたもの。
  ・「さわし柿」は、柿を塩水につけて温めたり、焼酎を振りかけて何日か置いて渋みを抜いたもの。
  ・「干柿(干し柿)」は、渋柿を天日に干して渋みを抜いたもので、「ころ柿」「吊し柿(吊るし柿)」とも言われる。

 いずれの方法も、日本人が大切に守っていきたい生活の知恵である。

 一方、甘柿は木になっているうちに熟し、枝からもいですぐに食べられるため、「きざわし(木淡)」「こねり(木練)」などと呼ばれる。
 
 なお、熟柿(じゅくし)は、よく熟れてやわらかくなった柿で、秋季の独立した季語として扱われることが多い。

 また、収穫後に木の枝に一つだけ残された実は木守(きまもり)・木守柿(きもりがき・こもりがき)と呼ばれ、こちらは独立した冬季の季語として扱うのがふさわしい。

 最後に、串柿とは、十個の柿に串を通してから干したもので、正月に橙(だいだい)とともに鏡餅に添える。
 鏡餅を三種の神器の「鏡」、橙を「玉」、串柿を「剣」に見立てているらしい。


季語ばなし
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 子供の頃、近所に「ふく」というおばあちゃんが住んでいました。
 ふくさんは子供が好きで、ふくさんの家の甘柿を物欲しそうに見上げている子がいると、もいで皮をむき、食べさせてくれるおばあちゃんでした。

 私たちは晩秋になると、学校帰りにわざと遠回りしてふくさんの家の前を通り、甘柿を食べさせてもらってから、野原へ三角ベースをしに出かけたものです。 

 しかし、やがてふくさんは他界し、ふくさんの家には新しい人が暮らすようになりました。
 子供たちは秋の楽しみを一つ失いました。

 でも、その頃から、秋になると、不思議な女の子が私たちの町に現れるようになりました。
 女の子は私たちより一つか二つくらい年下で、おかっぱ頭にもんぺを履き、一昔前のいでたちをしていました。

 女の子の家には甘柿の木があるらしく、現れる時は、いつも柿を入れた紙袋を持っていました。

 女の子は毎日姿を見せるわけではありません。

 貧しい子が腹をすかせているとき…
 弱虫の子が上級生にいじめられて泣いているとき…
 悪さをした子が親に家から放り出されたとき…

 そんなときだけその子の前に現れ、「遊ぼ」と一言だけ声をかけるのでした。

 女の子は、上手に二個の柿の皮をむき、私たちに一つを差し出して、もう一つは自分で美味しそうに食べました。

 柿を食べた後、おはじきなどで遊んでやると、夕烏が啼く頃には、女の子は「家へ帰る」と言って、満足そうに去って行きました。

 幼い頃、秋になると必ずやってきたこの女の子も、私たちが小学生から中学生、中学生から高校生へと成長していく中で、だんだんと姿を見せないようになりました。

 そして、大人になり、教職に就いていた私は、もうすっかり彼女のことなど忘れていました…。

 そんなある日、町中が柿すだれで飾られる干し柿の名所を訪れた私は、日当たりのよい神社の石段に男女二人の子供が並んで腰かけ、柿を食べているのを見かけました。

 女の子の方は、もんぺ姿ではありませんでしたが、幼い頃、私たちに甘柿を食べさせてくれたあの子と瓜二つでした。

 女の子の隣では、べそをかいている男の子が、袖で涙をぬぐいながら柿を食べていました。

 私はその様子をしばらく眺め、子供たちには声をかけることなく、温かい気持ちになってその場を立ち去りました。

 今思うと、その女の子と同じところに、ふくさんもほくろを持っていたような気がします。


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        デジカメ写真


季語の用い方・俳句の作り方のポイント
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 柿は古くから日本で栽培され、私たち庶民の食生活・食文化の中で重要な位置を占めています。

  里古りて柿の木持たぬ家もなし (松尾芭蕉)
      古りて=ふりて。古びての意味。

 日本人は、渋柿から樽柿、さわし柿、干し柿などを作る生活の知恵を身につけ、また、渋柿を品種改良して甘柿を生み出すなどして、柿を庶民生活になくてはならない果物にしてきました。
 
 そのためか、柿を季語に詠んだ俳句には庶民の生活感あふれる句も多いようです。
 参考にしましょう。
 
  まさかりで柿むく杣が休みかな (水田正秀)
      杣=そま。きこりのこと。

  バラードをかけ柿もぎを眺めをり (凡茶)      

 また、葉の落ちた木の枝になる柿の実も、皿の上の、控え目だけれど深みのある甘さを持つ柿の実も、心にしみるような秋のかなしみを胸に抱かせます。
 
 しみじみとした一句を詠んでみましょう。

  甲斐がねの入日まばゆし柿の照 (小島大梅)
      甲斐がね=甲斐が嶺。

  柿食へば鐘が鳴るなり法隆寺 (正岡子規)

  柿暮れてぎいと鳴きけり風見鶏 (凡茶)

  自転車を引き街道の柿景色 (凡茶)



≪おすすめ・俳句の本≫

俳句の入口 〜作句の基本と楽しみ方 藤田湘子著
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 左の本に出会うまでは、伝えたいこと、表現したいことを無理やり五七五の定型に詰め込むような俳句作りをしていました。

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紅葉 (秋の季語:植物)

     紅葉(もみじ・こうよう) 黄葉(もみじ) もみぢ
     濃紅葉(こもみじ) もみいづる もみづる
     照葉(てりは) 照紅葉(てりもみじ) 

紅葉
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        デジカメ写真


● 季語の意味・季語の解説

 晩秋、野山を彩る紅葉(もみじ)は、雪月花、時鳥(ほととぎす)とともに五箇の景物と称され、和歌、文芸、芸術の中で重んじられてきた。
 紅葉は日本人の愛でる自然美の代表的なものである。

  障子しめて四方の紅葉を感じをり (星野立子)

 楓(かえで)など赤くなるものは“紅葉”、銀杏(いちょう)など黄色くなるものは“黄葉”と書き、ともに「もみじ」と読む。

 日照時間の長い夏、樹木の葉は光合成を行うためのクロロフィル(葉緑素)をたっぷり持っており、緑色に見える。
 しかし、秋も深まり日が短くなると、葉は光合成をやめるため、クロロフィルは分解されていく。
 すると、もともと葉の中にあった、カロテノイドと呼ばれる色素が目立ち始め、葉は黄色く色づく。
 これが「黄葉」である。

  黄葉はげし乏しき銭を費ひをり (石田波郷)

  黄葉描く子に象を描く子が並び (稲畑汀子)

 また、樹木の中には、自らが葉に蓄えた糖分を光と反応させて、アントシアニンと呼ばれる赤い色素を生み出すものも存在する。
 こうして作り出されるのが「紅葉」である。

  紅葉焚くことも心に本を読む (山口青邨)

  紅葉すと靴濡らすまで湖に寄る (山口誓子)

 特に深く色づいたものは、濃紅葉(こもみじ)と表現することもある。

  濃紅葉に涙せきくる如何にせん (高浜虚子)

 アントシアニンは、有毒な活性酸素を発生させる青い光をよく吸い取り、樹木を守ると考えられている。
 秋の葉が赤く見えるのは、アントシアニンが青系統の光を吸い取って、赤系統の光を外に反射させるからである。

 「もみいづる」「もみづる」といった動詞は、このように木々の葉が赤や黄に染まっていく様子を表現する言葉である。

 そして、赤や黄に染まった葉は、明るく輝いて見えるため、これを照葉(てりは)、照紅葉(てりもみじ)と言う。

 ところで、紅葉と言う季語は、夕紅葉、谿紅葉(たにもみじ)、紅葉川、紅葉山、紅葉寺、紅葉宿などのように、他の語とよく結びついて俳句に用いられる。
 上手な結びつきを思いつくと、心に残る佳句が生まれやすい。

  この樹登らば鬼女となるべし夕紅葉 (三橋鷹女)

  紅葉寺重文百雪隠を遺す (安住敦)

  月までの提灯借るや紅葉宿 (高野素十)

 また、実際に色づく木々の名を冠して、桜紅葉、柿紅葉、漆紅葉(うるしもみじ)、柞紅葉(ははそもみじ)、櫨紅葉(はぜもみじ)、檀紅葉(まゆみもみじ)、葡萄紅葉、銀杏紅葉などと表現することも多い。

  柿紅葉マリア燈籠苔寂びぬ (水原秋櫻子)

 単に「紅葉」とした場合は、「楓(かえで)」を指す。
 「花」と言えば「桜」を指すのと同じである。


● 季語随想

 若い頃、大阪に暮らす弟に連れられ、箕面の紅葉を見に行ったことがある。
 箕面と言えば、紅葉と滝と猿であるが、私はそこで、これらに負けないくらいインパクトのある名物と出会った。

 それは、紅葉の天ぷらである。

 筋金入りの食道楽である私は、路傍の出店で、すぐにこの不思議な食べ物を買い、味わってみた。
 天ぷらとあるが、実際は紅葉を油で香ばしく揚げ、甘く味付けをしたお菓子であった。

 この、わくわくするようなお菓子を食べながら見て回った紅葉を今でも忘れない。
 あの時の紅葉は、実に「晴れやかな紅葉」であった。

 その数年後、私は、一人で山形県の山寺へ紅葉を見に出かけた。
 そこでも、私は、それまでに出会ったことのない、めずらしい味を見つけることが出来た。

 それは、さくらんぼの漬物である。

 さくらんぼの名産地である山形らしい漬け物である。
 茶店で酒とともに味わったが、甘じょっぱくて、なんとも言えない旨さがあった。

 このさくらんぼの漬物を食べた後で見た山寺の紅葉は、「静かに心にしみてくる紅葉」となった。

 食道楽は食べ物の味で見る景色もだいぶ違ってくる。
 これからも色々な美味と出会っていきたいものだ。


● 古今の俳句に学ぶ季語の活かし方

 何といっても、紅葉はその色で人の心を惹きつけます。
 絵画を描くようなつもりで、鮮やかな赤や、赤・黄・緑の彩りを俳句に表現してみましょう。

  もみぢ葉のおもてや谷の数千丈 (岡田千川)

  山口もべにをさしたる紅葉かな (杉木望一)

  たに水の藍染かへて紅葉かな (中川乙由)

  手浸せり紅葉散り敷く冷泉に (凡茶)

 また、紅葉の美しさは、人の心にしみてきて、胸のあたりを少し痛くします。
 つまり、紅葉は愛し(かなし)という感情を見る者に抱かせます。
 次の蕪村の二句からは、「愛し」がよく伝わってきます。

  ふた葉三葉ちりて日くるる紅葉かな (与謝蕪村)

  山暮れて紅葉の朱を奪ひけり (与謝蕪村)
      朱=あけ。赤色のこと。

 そして紅葉の美しさは、常に寂しさを帯びています。
 それは、紅葉がまもなく散って落葉となり、やがては朽ちていく定めを負っているからにほかなりません。
 寂しさを感じる紅葉の俳句を三つ紹介します。
 私は、一句目の蓼太の句が大好きです。

  掃く音も聞えてさびし夕紅葉 (大島蓼太)

  山彦の我れを呼ぶなり夕紅葉 (臼田亜浪)

  濃紅葉やいつもひとりで笛吹く子 (凡茶)
      濃紅葉=こもみじ。赤が濃くなった紅葉。


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≪おすすめ・俳句の本≫

書いて覚える俳句の形 縦書き版/横書き版 凡茶
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 俳句には、読者の心に響く美しい形というものがいくつか存在します。

 例えば、次の二句は、上五の名詞で一旦切り、座五の「けり」でも句末を切る形をしています。

  ●月天心貧しき町を通りけり  蕪村
  ●赤蜻蛉筑波に雲もなかりけり  正岡子規

 次の二句は、形容詞の終止形で中七の後ろを切り、座五に名詞を据える形をしています。

  ●五月雨をあつめて早し最上川  芭蕉
  ●鐘ひとつ売れぬ日はなし江戸の春  其角

 このテキストは、このような俳句の美しい形を、読者の皆様に習得していただくことを目的としています。

 ダウンロードしたpdfファイルのお好きなページをプリンターで印刷し、そこに直接名句を書き込むことで、心に響きやすい俳句の形を身につけていただきたいと願っています。

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 「私が初学の頃にも、こんな歳時記があったらよかったのに…」と思える一冊です。



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 踏青(春の季語)、薄暑(夏の季語)などそれまで知らなかった言葉や、髪洗ふ(夏の季語)、木の葉髪(冬の季語)など意外な季語と出会うことができ、毎晩、夢中になってページをめくったことを覚えています。

 当時の私が買ったのは第二版でしたが、左の『合本俳句歳時記・第四版』は、季語の解説や掲載されている類語がさらに充実し、初心者にも上級者にもお薦めです。
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 この歳時記は、季語の詳しい解説や古今の名句に加え、写真や絵も豊富に掲載されていて、俳句の勉強になるのはもちろんのこと、鑑賞していて飽きない芸術性の高い一冊でもあります。

 私は、愛蔵版が出る前の全5巻を持っているのですが、この歳時記のおかげで俳人としてスキルアップし、かつ、日本の風土と文化の素晴らしさを再確認することができました。
 この歳時記は、私の俳句生活におけるかけがえのないパートナーであり、大切な財産でもあります。




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コスモス (秋の季語:植物)

     秋桜(あきざくら)

コスモス
37秋の季語・植物-コスモス.jpg
        デジカメ写真


季語の意味・季語の解説
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 メキシコ高原が原産のキク科の花。
 ヨーロッパに渡ったのちにコスモスと名付けられた。

 コスモスとはギリシャ語で「秩序」「美」などの意味を表わす言葉である。
 8枚の花弁が、2つの十字を45度ずらして重ねたような整然とした並びをしているから、この名がついたのだろうか?
 詳しいところはわからない。

 日本にコスモスがもたらされたのは明治時代と考えられており、意外に最近である。
 しかし、繁殖力が旺盛で空き地、路傍、川原など至る所に生えるため、日本の秋の景に、もはやすっかり馴染んだ。
 秋桜(あきざくら)という呼称も与えられ、俳人は好んでこの語を用いる。

 ピンク、白、赤の3色をよく目にするが、最近は黄色いものなども増えているようだ。


季語随想
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 もともとメキシコの高原で揺れていたコスモスが、今ではすっかり日本の秋の風景の一部になっている。
 高級感はないが、家の周り、路傍などに咲いて、私たちを癒してくれる。

 そんなコスモスを見ていると、もともとインドのものだったカレーや、中国のものだったラーメンが、今日の日本の庶民生活に欠かせない料理になっているのと、よく似ている気がする。

 外国からやってきたものを積極的に生活に取り込み、いつしか自分たちの日常の一部としてしまう強かさこそ、誇るべき日本文化の本質である。
 
 俳句をやっていると、昔から日本にあった言葉やものをしっかり守っていきたいという気持ちが強くなる。
 ただ、その一方で、外来のものを自分たちのものとして吸収していく日本文化のたくましさのことも、忘れないでおきたい。


季語の用い方・俳句の作り方のポイント
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 コスモスは美しい花を咲かせますが、その淡い色は、どこか寂しさを感じさせます。

  コスモスや山の向かふに母校あり (凡茶)
      向かふ=向こう

 また、コスモスは建物の周りや庭の隅など、極めて身近な場所に咲くため、生活臭さも帯びています。  

  コスモスを挟み漬け物談義縷々 (凡茶)
      挟み=はさみ  縷々=るる。会話などが途切れることなく長く続くさま。

 そして何より、コスモスという花は、見ているだけで心が落ち着き、優しい気持ちになれます。

  コスモスや広場の汽車に読書の子 (凡茶)



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CASIO Ex-word 電子辞書
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■ 俳句関連の充実した電子辞書です!


 以前は、句会・吟行といえば、辞書や歳時記などを持参しなければならず、これが結構重いものでした。

 しかし、今は歳時記入りの電子辞書が登場したおかげで、ずいぶん持ち物が軽くなりました。

 例えば、左の電子辞書には、次の歳時記が納められています。

   
現代俳句歳時記
   ホトトギス俳句季題便覧
   合本俳句歳時記第三版

 俳人にとっては実にありがたいですね!

 また、この電子辞書には、歳時記の他にも、各種の辞典文学作品等、さまざまなコンテンツが収められていて、とにかく飽きません。
 世の中便利になったものです。



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posted by 凡茶 at 00:16 | Comment(0) | 秋の季語(植物) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする


松茸 (秋の季語:植物)

     まつたけ マツタケ 土瓶蒸し

松茸
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        デジカメ写真


季語の意味・季語の解説
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 松茸はアカマツ林などに生える日本の茸の王様であり、俳句では晩秋の季語とされる。
 松の林に入ると、落ち葉の腐植などから良い匂いが出ているが、それを凝縮したような香りを持っている。

  松茸の山かきわくる匂ひかな (各務支考)

 土になる松茸は、椎茸やなめこのような木・朽木になる茸と違って、今のところ人工栽培ができない。
 そのため、需要に対し供給が常に不足し、きわめて高価な食材となっている。
 
 また、人々が薪(たきぎ)を拾わなくなったことで山が荒れ、松茸が生えにくくなったことも、松茸に希少価値が出た原因と言われる。 


季語随想
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 ぼくの爺ちゃんは茸狩り名人だった。
 じこぼう(ハナイグチ)、くりたけ、こむそう(ショウゲンジ)、あみたけ…
 秋になると色々な茸を採って来て食べさせてくれた。

 ある日、松茸という茸の存在を、誰かに聞いて知ってしまった僕は、爺ちゃんにこう聞いてみた。
 「爺ちゃんは、松茸は採ってこないの?」と。

 爺ちゃんは、松茸の生える山は、止め山(勝手に入ってはいけない山)になっているから、めったに採ってくることは出来ないんだと教えてくれた。

 それを聞いた僕は、どうしても松茸を食べてみたくなり、母ちゃんに何度も松茸を食わしてくれと頼んだ。
 でも、貧しい我が家で松茸なんて買えるはずもなく、その年は諦めざるを得なかった。

 その翌年だったと思う。
 ついに僕にも松茸を食べるチャンスが巡ってきた!
 工場に働きに出るようになった母ちゃんが、毎日の食材を家まで届けてくれる配達サービスを利用するようになり、その配達サービス会社に安い松茸を一本だけ注文してくれたのだ。

 僕は、松茸が届く何日も前から、わくわくしながらそれを待った。
 しかし、僕はその年も結局松茸を食べることができなかった。
 松茸が届いたその日、茸狩り名人だった爺ちゃんが永眠したのだ…。

 松茸はお吸い物となって葬儀に訪れた人たちに供され、僕ら子供の口に入ることはなかった。

 それから何年も経ったのち、僕は松茸山へ出かけ、自分の稼いだ金で、松茸づくしのフルコースを思う存分に食べた。
 生まれて初めての松茸は実に旨かった。
 できることなら、天国の爺ちゃんや父ちゃんにも腹いっぱい松茸を食べさせてやりたい、そう思った。

 でも、こんなふうにも思った。
 松茸は確かに旨い。
 確かに旨いけど、爺ちゃんが山から採ってきた、じこぼう、くりたけ、こむそう、あみたけだって、松茸に全然負けないくらい旨いじゃないかって。


季語の用い方・俳句の作り方のポイント
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 松茸を詠んだ俳句には、ユーモラスなものが多いように思えます。
 高貴な香りを放つ茸の王様なのに、随分あいくるしい形をしているからでしょうか?

  松茸や知らぬ木の葉のへばりつく (松尾芭蕉)

  松茸や人にとらるる鼻の先 (向井去来)
 
  松茸や傘にたつたる松の針 (浪化)
      たつたる=立ったる。立っているの意。

 私の俳句も、どことなくユーモラスな俳句に仕上がったようです。

  ころころと松茸焼けり内緒旅 (凡茶)

  子松茸一つ負けさせ京訛 (凡茶)
      訛=なまり。



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posted by 凡茶 at 03:34 | Comment(0) | 秋の季語(植物) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする


薄(すすき) (秋の季語:植物)

     芒(すすき) 尾花(おばな) 花薄・花芒(はなすすき)
     薄野・芒野(すすきの) 薄原・芒原(すすきはら) 

薄(すすき)
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        デジカメ写真


季語の意味・季語の解説
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 「すすき」は「薄」とも「芒」とも書く。
  
 花穂は始め褐色で横に開くが、やがて白色となってすぼみ、風に吹かれると動物の尾のように見えるようになる。
 ゆえに、薄は尾花(おばな)とも呼ばれる。

 野、山、道端など、至る所に生え、昔から人々の暮らしとも関わりが深い。
 
 例えば、月見においては、団子や里芋とともに薄が供えられる。
 なぜ薄が月に供えられるかには諸説あるようだが、うっかり触れると手を切ってしまうような鋭い歯を持つため、魔除けとして用いられているとも言われる。

 月見に用いた薄を軒に吊るすと、向こう一年間、病気をしないとの言い伝えもある。

 また、薄は萱葺き(かやぶき)屋根の資材とされた。
 なお、萱(かや)とは、屋根を葺く(ふく)のに用いられる草の総称であり、薄のほか、菅(すげ)、茅(ちがや)なども含まれる。


季語随想
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 夏の薄は刃(やいば)だ。
 若い夏の薄は、触れると手を切ってしまいそうな青く鋭い葉を伸ばす。

 やがて薄は柔らかい穂をいただく。

 薄の穂はどこかに哀愁を秘めている。
 しかし、見るものをほっとさせる優しさがある。

 鋭く凛々しい葉は、風になびく穂を、下で黙って支えている。

 やがて薄は、萱葺き(かやぶき)の屋根となる。
 屋根となって、雨や風から小さな幸せをひたすら守る。

 薄の一生は、男が男になっていくのに似ている。

 刃を強さだと思っている青二才が、本物の強い男になっていくのに似ている。


季語の用い方・俳句の作り方のポイント
==============================
 広々とした薄原(すすきはら)に出ると、はじめはその美しさに目を奪われます。
 しかし、風に揺られる薄の穂を眺めていると、なんだか徐々に静かな気持ちになってきて、やがて、淋しさに襲われます。

 薄を季語に俳句を詠む場合は、はじめ美しい景が読む人の頭に浮かび、あとから、そっと淋しさが忍び寄るような、そんな句を創ろうと心掛けています。

 蕪村などに俳諧を学んだ大魯と、私の句を紹介します。

  眼の限り臥しゆく風の薄かな (吉分大魯)
      臥しゆく=ふしゆく。
 
  立ち枯れの鳶薄野を見渡せり (凡茶)
      鳶=トビ。

  薄野を去る一本の薄かな (凡茶)

 最後に蕪村の名句を紹介します。

  山は暮れて野は黄昏の薄かな (与謝蕪村)

 この句もそうですが、「菜の花や月は東に日は西に」や「春の海終日(ひねもす)のたりのたりかな」など、広々とした景色を詠んだ蕪村の句には心を奪われます。



≪おすすめ・俳句の本≫

カラー版 初めての俳句の作り方
―写真を見ながらすぐ句作ができる
 石 寒太
==============================
■ 写真を見ながら俳句を勉強できる画期的な入門書です!


 俳句のきまりごとや技術的なこともしっかり学べる入門書ですが、この本の最大の長所は、写真が豊富であるという点です。

 俳句は、実際に風景や花などを見ながら勉強すると上達が早いのですが、この本があれば、家に居ながらにして、季節の景物を視覚で楽しみながら、俳句をひねることができます。

 今、大人気の一冊です。



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