春の季語<時候> 〜目次ページ〜

長閑(のどか)
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        デジカメ写真

長閑(のどか)という言葉は、一般的には農村などの穏やかな様子を指す言葉として用いられるが、俳句では春の晴れた日の、のんびりとした感じを言い表す季語として用いる。



掲載季語(50音順)

<あ行の季語>
暖か
麗か

<な行の季語>
夏近し

<は行の季語>
春浅し

<や行の季語>
行く春
余寒



≪おすすめ・俳句の本≫

俳句の宇宙 長谷川櫂著
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■ 俳句は深くて、面白いなあ… 心からそう思えた本でした!


 最も私の心をとらえたのは第四章「間について」
 この章を読み、俳句の「切れ」を「間」と捉え、その「間」をじっくり味わおうとするようになってから、既に目にしていた名句が、それまでとは違って見えてくるようになりました。

 また、第七章「宇宙について」も、面白くてあっという間に読んでしまいました。
 この章で、「造化」というものに関する著者の考え方を読んでから、芭蕉の時代の句に接する際は、その句が生み出される場としての「造化」というものを読み取ってみようと意識するようになりました。
 もちろん、私ごときが読み取ろうと思って読み取れるような浅いものではないのですが…

 とにかくこの本は、
 「自分が足を踏み入れた俳句の世界は、どこまでも深いんだなあ。そして、深みに潜れば潜るほど、新しい面白みに接することができるんだなあ… 」
 そんな気持ちにさせてくれる一冊でした。



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posted by 凡茶 at 21:07 | Comment(1) | 春の季語(時候) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする


夏近し (春の季語:時候)

     夏近む 近き夏 夏隣(なつどなり) 夏隣る(なつどなる)

11春の季語・時候・夏近し.jpg
        デジカメ写真


● 季語の意味・季語の解説

 夏近し・夏隣は、春の終わりに、夏の気配を感じながら用いる季語。
 もうそこまで来ている夏への期待感がこもる。

 同じ晩春の季語でも、「春惜しむ」が過ぎゆく春に思いを寄せているのとは対照的。


● 季語随想

 夏が近づいて来るのを感じると、心が弾んできませんか。
 少しわくわくしてきませんか。

 その時がチャンスかもしれません。

 前から挑戦したかったことに、思い切って着手してみるチャンスかもしれません。

 いざ始めてしまえば、自分でも信じられないくらい夢中になれるものです。

 うまくいくと、心の中で「待ち遠しくない明日」を生産し続ける毎日に、終止符を打てるかもしれません。
 明日が常に待ち遠しくなるかもしれません。

 「待ち遠しさ」で心を満たしていけば、「不幸せ」という錯覚が膨れ上がる余地を、心の中から消し去っていくことができます。


● 古今の俳句に学ぶ季語の活かし方

 「もうすぐ夏だなあ…」
 そんな風に感じた刹那を、俳句に詠んでみましょう。

 日常生活の中で見つけたちょっとした変化や、ささやかな出来事などの描写に、夏近し・夏隣という季語を添えてみましょう。

  夏近になるや旅僧の白脚絆 (鈴木道彦)
      脚絆=きゃはん。裾(すそ)が邪魔にならないよう、脛に巻く布。

  夏近く入るや簾に草の色 (嘉十)
      簾=すだれ

  煮るものに大湖の蝦や夏近し (飯田蛇笏)
      大湖=たいこ。 蝦=えび。

  木の器溢るるサラダ夏隣 (凡茶)

  夏近し靴べらと空同じ色 (凡茶)

 あるいは、夏を迎え入れる直前の、清涼感・期待感に満ちた空間を俳句に詠んでみましょう。

  清滝に宿かる夏の隣りかな (大島蓼太)

  先生と並んでバナナ夏隣 (凡茶)



≪おすすめ・俳句の本≫

カラー版 新日本大歳時記 愛蔵版
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■ 写真・絵の豊富な大歳時記です!


 『カラー版 新日本大歳時記』は、かつて春・夏・秋・冬・新年の全5巻に分けて発売され、大ベストセラーとなった歳時記です。

 “愛蔵版”は、その内容が一冊にまとめられたもので、購入しやすい値段となりました。

 この歳時記は、季語の詳しい解説や古今の名句に加え、写真や絵も豊富に掲載されていて、俳句の勉強になるのはもちろんのこと、鑑賞していて飽きない芸術性の高い一冊でもあります。

 私は、愛蔵版が出る前の全5巻を持っているのですが、この歳時記のおかげで俳人としてスキルアップし、かつ、日本の風土と文化の素晴らしさを再確認することができました。
 この歳時記は、私の俳句生活におけるかけがえのないパートナーであり、大切な財産でもあります。



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posted by 凡茶 at 11:12 | Comment(0) | 春の季語(時候) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする


行く春 (春の季語:時候)

     春行く

行く春
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        デジカメ写真


● 季語の意味・季語の解説

 過ぎ去ろうとする春、刻々と終わりの時へ近づきつつある春。

 終わりに近い春のひと頃を指す季語というより、春から夏へと流れようとする時間、すなわち、「時の移ろい」を表す季語であると捉えて俳句を読みたい。

 冬の間待ちに待った春、美しい花々や柔らかい光を存分に楽しませてくれた春が、まさに終わろうとしている様子を詠むわけだから、当然、強い詠嘆の気持ちが含まれる。

 しかし、「春惜しむ」という季語が人の内側にあるものを表現しているとすれば、「行く春」は、やはり人の外側を流れている。 


● 季語随想

 人には、強い絆で結ばれた人と、離れ離れにならなければならない時がある。
 そんな時、人は、残された時間を使って、目いっぱい美しい思い出を残そうとする。
 いや、目いっぱい美しい思い出を生み出そうとするといった方が正確かもしれない。

 そんな時には、行く春を惜しむときと、同じような胸の傷みを感じるものだ。

 不思議なことに、この胸の痛みを感じながら生み出した思い出を振り返ると、それは必ずキラキラとした輝きを帯びている。
 なぜだろう?

 この胸の痛みを感じているとき、人は、離れていくものに対して、最も純粋になり、最も真剣になり、最も感謝しているということなのかもしれない。

  行く春や乗船までのハーモニカ (凡茶)  


● 古今の俳句に学ぶ季語の活かし方

 「行く秋」を感じると、心の中の色々な感情が周りの景色とあわせるように枯れていき、「寂寥感」だけが残って、その存在感を増していくように思えます。

 一方、「行く春」を感じると、心の中が、湧きあがって来た色々の感情でいっぱいになってしまい、なんだか、痛くなるような感覚を覚えます。

 つまり、行く秋は空虚な感情を、行く春は凝集された感情を人に抱かせます。

  行春を近江の人とおしみける (松尾芭蕉)

  行春や鳥啼魚の目は泪 (松尾芭蕉)
      啼=なき。 泪=なみだ。

  やよ虱這ヘ這ヘ春の行く方へ (小林一茶)
      虱=しらみ。

 また、次の三つの俳句には、春を惜しむ心の他に、晩春らしい艶もあり、句作の手本となります。

  ゆく春やおもたき琵琶の抱心 (与謝蕪村)
      抱心=だきごころ。

  行春やうしろ向けても京人形 (渡辺水巴)

  行春や茶屋になりたる女人堂 (川端茅舎)

 行く春を感じとる直前まで享受していた春の華やぎ、春の躍動、春のまばゆさを、淋しさの中に少しだけにじませるのも、この季語にふさわしい俳句の作り方と言えるでしょう。

  行く春や鄙の空なるいかのぼり (加舎白雄)
      鄙=ひな。田舎のこと。 いかのぼり=凧(たこ)のこと。

  行く春や浜に刺さりし忘れ椅子 (凡茶)


≪おすすめ・俳句の本≫

新版20週俳句入門 藤田湘子著
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■ どこに出しても恥ずかしくない俳句を詠めるようになる本です

 昭和63年に出された旧版『20週俳句入門』があまりにも優れた俳句の指導書であったため、平成22年に改めて出版されたのが、この『新版20週俳句入門』です。

 この本は、
   〔型・その1〕 季語(名詞)や/中七/名詞
   〔型・その2〕 上五/〜や/季語(名詞)
   〔型・その3〕 上五/中七/季語(名詞)かな
   〔型・その4〕 季語/中七/動詞+けり

 の4つの型を、俳句を上達させる基本の型として、徹底的に読者に指導してくれます。

 これらをしっかり身につけると、どこに出しても恥ずかしくない俳句を詠めるようになるでしょう。

 王道の俳句を目指す人も、型にとらわれない斬新な俳句を目指す人も、一度は読んでおきたい名著です。





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posted by 凡茶 at 05:23 | Comment(0) | 春の季語(時候) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする


麗か(うららか) (春の季語:時候)

     うらら うらうら 日うらうら うららけし

麗か
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        フィルム写真をスキャナーにて取り込み


● 季語の意味・季語の解説

 春の晴れた日、太陽が明るく照り、それを浴びて万物が輝いているような様を言う。
 類似の季語に長閑(のどか)があるが、麗かにはより光を、長閑にはより静かさを感じる。


● 季語随想

 俳句をやっていると、長い年月を生き抜き、洗練された言葉たちと頻繁に接することができる。
 そのためか、逆に、生まれて間もない俗語(若者言葉)を聞くと、どうも耳障りでならない。

 きもい。きしょい。(容姿や行動が滑稽で受け入れがたい。)
 いたい。(言動や行動、見た目が場違いで、恥ずかしい。)
 きれる。(他人に対し、我慢をせずに怒りを露わにする。)
 超〜。(とても〜である。)
 〜みたいな。 
   ※この語については、全く意味不明。会話において、とにかく繰り返し文末に用いられる。若者は、「今日は久々に頑張った、みたいな。でもやっぱり駄目だった、みたいな。」のような用い方をする。

 もっとも、注意して美しい言葉を使わなければならないはずのアナウンサーや芸能人が、テレビやラジオで上のような言葉を平気で使っているのであるから、巷の若者がこうした語を多用するのも無理ない。
 かくいう私も、おそらく知らず知らずのうちに、こうした言葉を使ってしまっているに違いない。

 さて、このような最近生まれた俗語の中にも、一つだけ私の好きな言葉がある。
 それは「サボる」という言葉である。
 
 「わび」「さび」を別の言葉で言い換えるのが難しいのと同じように、「サボる」という言葉を、他の、昔からある日本語に置き換えることは難しいようである。
 それは、日本人が、「サボる」ということを、とても不得手にしてきた民族であるからではないだろうか。

 春の麗かな日には、勇気を出して、何かをサボってみるのもいいかもしれない。
 暖かな風が吹き、万物が優しく輝く日には、他人に迷惑をかけない程度に、いつもはできない「サボり」を楽しんでみるのもよいかもしれない。

 厳格な父であることをサボる。
 子供の手本となるような母であることをサボる。
 仕事のできる上司であることをサボる。
 努力を惜しまない夢追い人であることをサボる。

 春の麗かな日には、頑張ることをサボり、心地よい空気の中で、少しの間、ほうけてみることも必要である。
 とくに完璧主義者や善人と言われる人たちには。  


● 古今の俳句に学ぶ季語の活かし方

 麗かという季語は、春の暖かさだけではなく、晴れた空、そして日の光を連想させます。
 ですから、俳句を詠む(作る)側も、読む(鑑賞する)側も、そのことを意識する必要があります。

  うららかや若和布に動く沖の石 (硯鼠)
      若和布=わかめ。      

  あめつちのうららや赤絵窯をいづ (水原秋櫻子)

  麗かや松を離るゝ鳶の笛 (川端茅舎)

  麗かや牧へ率ゐる牛の列 (凡茶)

  日うらうら海にハモニカ聞かせけり (凡茶)


≪おすすめ・俳句の本≫

俳句の入口 〜作句の基本と楽しみ方 藤田湘子著
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■ 俳句はリズムである… 大切なことを教えてくれた一冊です。


 左の本に出会うまでは、伝えたいこと、表現したいことを無理やり五七五の定型に詰め込むような俳句作りをしていました。

 つまり以前の私にとって、定型は約束事だから仕方なしに守る制約にすぎなかったのです。

 しかし、この本を読んで、俳句は韻文であり、大切なのはリズムであることを知ると、定型、切れ字等の大切さが少しずつわかるようになっていきました。

 「意味」から「音」へ!
 私の俳句に対する意識を大きく変えてくれた一冊です。



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posted by 凡茶 at 18:32 | Comment(0) | 春の季語(時候) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする


暖か (春の季語:時候)

     あたたかし あたたけし ぬくし

暖か
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        フィルム写真をスキャナーにて取り込み


● 季語の意味・季語の解説

 人が事物に触れて暖かさを感じる場面は四季を通じてあるが、季語として「暖か」という語を用いる場合は、春季の語となる。

 冬の「寒し」と夏の「暑し」の間の、過ごしやすく、心の和らぐ春の陽気の温暖さのことである。

  暖かや飴の中から桃太郎 (川端茅舎)


● 季語随想

 暖かさとは、実に主観的な感覚だと思います。
 何℃から何℃までが「暖か」で、それ以上なら「暑し」、それ未満なら「寒し」などと客観的な定義を与えることはできません。
 寒くもなく暑くもない過ごしやすさ、それが暖かさなのです。

 どちらか一方に偏ることなく、調和のとれた丁度よい状態、程よい状態を指す言葉として「中庸(ちゅうよう)」という言葉があります。
 暖かさとはまさに中庸の心地よさなのです。

 今の日本では、社会が、政治が、文化が、この中庸の素晴らしさをどんどん捨てているように思えてなりません。

 勝ち組か、負け組か。
 成功か、失敗か。
 儲かるか、非効率か。
 敵か、味方か。
 右か、左か。
 新しいか、古いか。

 ものごとにリジッドな境界線を設け、「そのどちらかに行けるように頑張れ!」「どちらかに留まっているのは自己責任だ!」というような、中庸を全く認めない息苦しさが、あたりに蔓延しているように思えてなりません。

 中庸の心地よさの無い世界、暖かさの無い世界をだれしもが望んでいるとは、私は思えないのですが…


● 古今の俳句に学ぶ季語の活かし方

 「暖か」という季語は、様々な事物とフレキシブルに(柔軟に)取り合わせることのできる季語です。

 中七・座五に何らかの事物を描き、「あたたかや」の形にした上五と取り合わせてみましょう。

 それだけで読者は、寒くもなく暑くもない、春の陽気の丁度よい過ごしやすさの中に事物を置いて、その俳句を味わってくれます。

 ただし、取り合わせをし易い分、中七・座五を目一杯工夫して、ありがちな俳句にならないよう、心がけましょう。

  あたゝかやでんがくあぶるとうふく寺 (斎藤徳元)

  あたたかや絵本見る児のひとりごと (福田蓼汀)

  あたたかや駒抱きかかへ巨大チェス (凡茶)

  あたたかや津軽訛りの小ちんぴら (凡茶)

  あたたかやにじませて描くピエロの絵 (凡茶)

 また、上の例句は、みな事物を取り巻く陽気の暖かさ(:環境としての暖かさ)を詠んだ俳句ですが、事物そのものに宿る暖かさを詠んだ俳句にも挑戦してみましょう。

 読み手の五感に働きかけるような佳句を詠めます。

  あたゝかな二人の吾子を分け通る (中村草田男)
      吾子=あこ。わが子のこと。

  暗中に聞こえし寝息あたたかし (加藤楸邨)


≪おすすめ・俳句の本≫

・語りかける季語 ゆるやかな日本
・ゆたかなる季語 こまやかな日本 宮坂静生著
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■ 日本列島を隅々まで旅すると、たくさんの知らなかった季語に出会えます!

  
 日本各地には、一般的な歳時記にはあまり載っていない、その土地の貌を映し出す季節のことばがあります。
 筆者の宮坂さんは、そうした言葉を「地貌季語」と称し、その発掘に努めてきました。

 『語りかける季語 ゆるやかな日本』では、沖縄の「立ち雲」、雪国の「木の根明く」ほか、178の地貌季語が紹介されています。

 また、『ゆたかなる季語 こまやかな日本』では、千葉県安房地方の「逆さ寒」、沖縄県の「風車祝」、長野県諏訪地方の「明けの海」ほか、172の地貌季語が紹介されています。 

 この2冊を読めば、日本列島という空間と、季節と言う時間を一度に旅することができそうですね。季語の四次元ワールドを巡ってみましょう。



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posted by 凡茶 at 18:57 | Comment(0) | 春の季語(時候) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする