春の季語<地理> 〜目次ページ〜

春の水
13春の季語・地理・春の水(ウェブ).jpg
        フィルム写真をスキャナーにて取り込み

雪解けが始まり、雨の量も増えてくる春は、川でも、湖沼でも、水が満ち溢れてくる。その水の表面は、春の光を受けて明るい色をしているが、深い部分には、何やら得体のしれないエネルギーのようなものが潜んでいるようにも思える。


掲載季語(50音順)

<な行の季語>
逃水

<は行の季語>
春の海
春の川

<や行の季語>
山笑ふ
雪解(ゆきどけ)



≪おすすめ・俳句の本≫

・語りかける季語 ゆるやかな日本
・ゆたかなる季語 こまやかな日本 宮坂静生著
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■ 日本列島を隅々まで旅すると、たくさんの知らなかった季語に出会えます!

  
 日本各地には、一般的な歳時記にはあまり載っていない、その土地の貌を映し出す季節のことばがあります。
 筆者の宮坂さんは、そうした言葉を「地貌季語」と称し、その発掘に努めてきました。

 『語りかける季語 ゆるやかな日本』では、沖縄の「立ち雲」、雪国の「木の根明く」ほか、178の地貌季語が紹介されています。

 また、『ゆたかなる季語 こまやかな日本』では、千葉県安房地方の「逆さ寒」、沖縄県の「風車祝」、長野県諏訪地方の「明けの海」ほか、172の地貌季語が紹介されています。 

 この2冊を読めば、日本列島という空間と、季節と言う時間を一度に旅することができそうですね。季語の四次元ワールドを巡ってみましょう。



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posted by 凡茶 at 21:05 | Comment(0) | 春の季語(地理) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする


逃水(にげみず) (春の季語:地理)

     逃げ水 にげみづ

13春の季語・地理・逃水【イラスト】.jpg
        パソコン絵画



● 季語の意味・季語の解説

 春や夏のよく晴れた日、舗装された道路や草原などに、実際にはない水面のようなものが見えることがる。

 そしてその場所に近づこうとすると、水面もまた先の方へ移ってしまい、まるで逃げられているような感覚になる。

 このような現象を逃水(にげみず)と言う。

  逃水を追ひて岬の端に佇つ (福田甲子雄)
      端=はな。 佇つ=たつ。

 強い日差しで路面・地面が熱せられると、地表付近の空気が温まって膨張し、密度が薄くなる。

 すると、密度の薄い空気の層の上に、密度の濃い空気の層が乗るような形になり、二つの層の境界面で光が反射したり、曲がったりし(屈折したりし)、まるで水面が光を弾いているかのように見る者の目に映る。
 これが逃水の正体。

 古くから逃水は、平坦な土地の広がる武蔵野の名物とされ、古歌にも詠まれてきた。

  あづま路にありといふなる逃げ水のにげのがれても世を過ぐすかな (源俊頼)

 次の俳句は、このことを踏まえたもの。

  逃水や武蔵の国といま言はず (黒坂紫陽子)


● 自句自解

 ジョン・レノンの歌をこよなく愛する友がいる。

 普段はいたって寡黙であるが、ジョン・レノンの話をする時だけは饒舌になる。

 学生時代、そんな彼に、「僕もジョン・レノンの歌を聴いてみたいから、お勧めの曲があったら、いくつか教えてくれないか」と、尋ねてみたことがある。

 当方は、その場で二、三曲も思いついた歌を教えてもらえれば十分だったのだが、彼は「何日か待ってくれないか」と、その時は話を持ち帰った。

 数日後、彼は、いくつかのお気に入りの歌について、歌詞に関する自身の見解や、個々の歌が生み出された背景などを詳細に綴ったノートを添えて、ジョンの歌の入ったカセットテープを私に譲ってくれた。

 さすがの私もこれには感激し、

 「こんなにしてくれて本当にありがとう。でも、君の大事なカセットテープまで貰い受けるわけにはいかない」と言ったのだが、彼はいつもの穏やかな表情で、

 「一人でもジョンの歌を聴いてくれる人が増えれば、俺は嬉しいんだ…」と返してきた。

 あれからもう、長い年月を経たのだが、彼のプレゼントしてくれたカセットテープを、今でも私は大切に扱い、たまに聴いたりしている。

 次の句は、東京へ向かうドライブの際、このテープを聴きながら詠んだものである。

  逃水を東京へ押しレノン聴く (凡茶)


● 古今の俳句に学ぶ季語の活かし方

 逃水は遠くまで見渡せる長い道の上によく現れるので、空間的な広がりを表現するのに適した季語です。

  逃げ水や麦はみどりの畝つめて (岡本まち子)

  逃水やゆきゆきてなほ石狩野 (小川杜子)

  逃水を東京へ押しレノン聴く (凡茶)

 また、足腰にこたえるような道のりの長さを読み手に伝えることもできます。

  逃水や人を恃みて旅つづく (角川源義)
      恃みて=たのみて。

  逃水や驢馬にて運ぶ壺の水 (澤田緑生)
      驢馬=ろば。

  逃水の果て敦煌のありにけり (宇咲冬男)
      敦煌=とんこう。シルクロードの要衝。

 逃水は、追っても追っても決して辿り着くことができないため、到達できないものや、手に入れられないものの象徴として詠まれることも多いようです。

  逃げ水を追ふ旅に似てわが一生 (能村登四郎)

  逃水は亡き娘の現るる如くなり (角川照子)


≪おすすめ・俳句の本≫

カラー版 新日本大歳時記 愛蔵版
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■ 写真・絵の豊富な大歳時記です!


 『カラー版 新日本大歳時記』は、かつて春・夏・秋・冬・新年の全5巻に分けて発売され、大ベストセラーとなった歳時記です。

 “愛蔵版”は、その内容が一冊にまとめられたもので、購入しやすい値段となりました。

 この歳時記は、季語の詳しい解説や古今の名句に加え、写真や絵も豊富に掲載されていて、俳句の勉強になるのはもちろんのこと、鑑賞していて飽きない芸術性の高い一冊でもあります。

 私は、愛蔵版が出る前の全5巻を持っているのですが、この歳時記のおかげで俳人としてスキルアップし、かつ、日本の風土と文化の素晴らしさを再確認することができました。
 この歳時記は、私の俳句生活におけるかけがえのないパートナーであり、大切な財産でもあります。



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posted by 凡茶 at 16:24 | Comment(0) | 春の季語(地理) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする


雪解(ゆきどけ) (春の季語:地理)

     雪解(ゆきどけ・ゆきげ) 雪消(ゆきげ) 雪解く
     雪解道(ゆきげみち) 雪解水(ゆきげみず)
     雪解川(ゆきげがわ) 雪解風(ゆきげかぜ)
     雪解雫(ゆきげしずく) 雪雫(ゆきしずく)

13春の季語・地理ー雪解け.jpg
        パソコン絵画


● 季語の意味・季語の解説

 雪国に春が訪れ、冬の間に降り積もった雪がとけていくことを雪解(ゆきどけ)と言う。

 雪解は雪融けと表記することも可能であるが、俳句においてはもっぱら「雪解」の方が用いられてきた。
 やはり、豪雪地帯における積雪の不便さからの解放感は、雪解と表記しなければ表現できない。

 雪解は「ゆきげ」と読むこともできる。
 ゆえに、雪解道(ゆきげみち)、雪解水(ゆきげみず)、雪解川(ゆきげがわ)、雪解風(ゆきげかぜ)などのように、他の語とくっつけて用いることができ楽しい。

  月光の休まず照らす雪解川 (飯田龍太)

 雪解雫(ゆきげしずく)、雪雫(ゆきしずく)は、屋根などの上に積もっていた雪が融け、したたり落ちる様子を指す。
 水滴が地面を叩く音は、雪解けの解放感をさらに高める。

  にぎはしき雪解雫の伽藍かな (阿波野青畝)


● 季語随想

 私の祖母は二人とも製糸工場の女工だった。

 父方の祖母も、母方の祖母も、腕の立つ糸取りであったと聞く。

 二人の祖母は、子どもたち、すなわち私の父、母を蚕のさなぎの佃煮で育てた。

 繭から生糸を取った後に残ったさなぎだ。

 貧しかった時代、蚕のさなぎは養蚕地帯の子どもたちの重要なタンパク源であった。

 私も、幼いころから蚕のさなぎを食べて育った。

 最近、昆虫食文化をゲテモノ食のように取り上げる安易なテレビ番組を目にすることがある。
 
 タレントたちに昆虫の料理を食べさせ、嫌がらせて楽しむような、心ない番組だ。

 そういう番組を見ると、さなぎで子どもらをたくましく育て上げた祖母たちの、一生懸命な日常を嘲笑されたような気がして、心が痛む。

 それはさておき、二人の祖母のうち、母方の祖母が他界したのは、晩冬の大雪の降る日であった。

 その時、私は大学に修士論文を提出する時期で、遠く離れた郷里に戻り、祖母の葬儀に参列することができなかった。

 私が郷里に戻って祖母に線香を立てられたのは、それから数週間後であった。

 春になってもなかなか融けずに残っていた高冷地の雪を、やわらかな春の雨が融かし始めた頃だった。

  糸取りの祖母逝きにけり雪解雨 (凡茶)

 雪解雨という表現は、私の手元にある歳時記には載っていないが、私の俳句の師は、この句を高く評価して下さった。

 女工の孫としても、俳人としても忘れられない一句となった。


● 古今の俳句に学ぶ季語の活かし方

 雪解(ゆきどけ)という季語は、俳人に春到来の喜びに満ちた俳句を詠ませます。

  雪解田に空より青き空のあり (篠原梵)

  雪解や安曇の里の道祖神 (凡茶)

 雪解の解放感は人の心を弾ませ、俳句にも躍動感があふれます。

  雪とけて村一ぱいの子ども哉 (小林一茶)
      哉=かな。

 そして、清冽な雪解け水を集めて流れる雪解川(ゆきげがわ)を俳句に詠むと、躍動感に凛とした趣きも加わります。

  雪解川名山けづる響かな (前田普羅)

 また、春の一時期にしか見られない雪解水(ゆきげみず)には、他の水とは次元の違う清らかさ、尊さとも言い換えられそうな清らかさを感じます。

  光堂より一筋の雪解水 (有馬朗人)


≪おすすめ・俳句の本≫

俳句の入口 〜作句の基本と楽しみ方 藤田湘子著
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■ 俳句はリズムである… 大切なことを教えてくれた一冊です。


 左の本に出会うまでは、伝えたいこと、表現したいことを無理やり五七五の定型に詰め込むような俳句作りをしていました。

 つまり以前の私にとって、定型は約束事だから仕方なしに守る制約にすぎなかったのです。

 しかし、この本を読んで、俳句は韻文であり、大切なのはリズムであることを知ると、定型、切れ字等の大切さが少しずつわかるようになっていきました。

 「意味」から「音」へ!
 私の俳句に対する意識を大きく変えてくれた一冊です。



カラー版 新日本大歳時記 愛蔵版
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■ 写真・絵の豊富な大歳時記です!


 『カラー版 新日本大歳時記』は、かつて春・夏・秋・冬・新年の全5巻に分けて発売され、大ベストセラーとなった歳時記です。

 “愛蔵版”は、その内容が一冊にまとめられたもので、購入しやすい値段となりました。

 この歳時記は、季語の詳しい解説や古今の名句に加え、写真や絵も豊富に掲載されていて、俳句の勉強になるのはもちろんのこと、鑑賞していて飽きない芸術性の高い一冊でもあります。

 私は、愛蔵版が出る前の全5巻を持っているのですが、この歳時記のおかげで俳人としてスキルアップし、かつ、日本の風土と文化の素晴らしさを再確認することができました。
 この歳時記は、私の俳句生活におけるかけがえのないパートナーであり、大切な財産でもあります。



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posted by 凡茶 at 02:06 | Comment(3) | 春の季語(地理) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする


山笑ふ (春の季語:地理)

     山笑う

13春の季語・地理・山笑ふ・俳句入り.jpg
        パソコン絵画


季語の意味・季語の解説
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 枯れてひっそりとした冬の山にも、やがて春は訪れる。
 木々は芽吹き、草は萌え出し、山は瑞々しい命で満たされるようになる。

 そんな春の山は、遠くから眺めると、おおらかさ、やわらかさ、そして艶やかさを帯びている。
 冬の、鎮まり落ち着いた印象からは一変している。

 そんな山の様子を山笑ふと表現する。

 春の山笑ふのほかに、夏の山滴る(やましたたる)、秋の山装ふ(やまよそおう)、冬の山眠るも俳句の季語となっている。
 これらは、いずれも中国の山水画家の郭熙の言葉に由来する。
 郭熙は、画論『臥遊録』の中で、季節の移ろいに応じて、山をいかに描き分けるべきか、次のように述べている。

   春山淡冶にして笑うが如く
   夏山蒼翠にして滴るが如く
   秋山明浄にして粧うが如く
   冬山惨淡として眠るが如く


 どれも、四季の山の様子を表現する上で、これ以上ない言葉が選ばれている。 


季語随想
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 学生時代、一か月ほどヨーロッパを旅したことがあります。
 部屋に鍵のかからないような格安の宿を転々とする貧乏旅行です。

 その旅路で、同じような貧乏旅行の日本人学生と出会い、日本に帰ったらまず何を食べたいかを話しあったことがあります。
 結果、二人とも、日本に帰ってまず食べたい料理はカツ丼でした。

 ところで、カツ丼の上に乗っかっているカツは、西洋のカツレツを明治以降の日本人がアレンジしたものです。
 そして、それを卵で綴じて丼に乗っけたカツ丼は、カツそのものより、もっと歴史の浅い料理です。

 それでも、カツ丼は、当時の二人の貧乏学生を魅了してやまない、日本人の国民食となっていました。

 カツ丼は、日本人の二つの気質が生み出した、日本人の財産であると思います。
 すなわち、よいものは何でも吸収する貪欲さと、吸収した物を土台に新たな物を創造する自由さという二つの気質が生み出した、「食の世界」の至宝であると言えましょう。

 「俳句の季語の世界」にも、「食の世界」のカツ丼に似た至宝があります。
 それは山笑ふという季語です。

 日本人は「よいものは何でも吸収する貪欲さ」で、中国の画家が遺した「春山淡冶にして笑うが如く」という名言を詩歌の世界に取り込みました。
 そして、「吸収した物を土台に新たな物を創造する自由さ」で、「山笑ふ」の名句を次々と生み出し、季語としての地位を確立してきました。

 さて、「食の世界」では、今でも貪欲に新しい物が吸収され、それを土台に新しい物が次々と創造されています。
 例えばいちご大福は、流行の段階はとうに過ぎて、いまや根強いファンのいる定番の甘味になりつつあります。 

 これに対し、「俳句の季語の世界」はどうでしょうか?
 私は、「俳句の季語の世界」では、「よいものは何でも吸収する貪欲さ」と「吸収した物を土台に新たなる物を創造する自由さ」という日本人の二つの気質が、近年、あまり生かされなくなってしまったように感じています。

 「俳句の季語の世界」でも、生活、行事など、人事の部類に属する季語は、時代の変化に合わせ、少しずつ増えています。
 しかし、天文、地理など、自然の部類に属する季語はどうでしょう?
 吸収と創造によって、日本人の新たな財産と言えるような自然の季語、「山笑ふ」のような季語が、生み出されることはほとんどないのではないでしょうか。

 別に私は、いたずらに季語を増やせと主張しているのではありません。
 伝統を破壊して、俳句の世界を革新しようなどという野心もありません。

 私自身、俳句に関しては守旧派に属すると思われます。
 長い年月の中で淘汰されずに残った歴史ある季語を最も重視し、大切に守っていこうとする立場をとっています。

 しかし、「歴史ある季語の体系を大切にしよう」という姿勢が、「俳句は伝統文化だから季語の世界に新参者は認めず」というふうに過激化してしまっては、「俳句の季語の世界」が老年期を迎えてしまうような気がしてなりません。

 特に「山笑ふ」のような自然を擬人化した季語は、今の俳句の世界では、ほとんど生み出される可能性がないように感じられます。

 私も、「安易な擬人は俳句の質を貶めるから、擬人法を用いた俳句は厳しい目で読まなければならない」という立場をとっています。
 しかし、「俳句の世界では擬人は一切受け付けない。ましてや、擬人によって新しい季語を創造するなど、もっての他である!」という態度をとってしまうと、俳句の持つ可能性を大きく制約してしまうような気がしてなりません。

 私は、100年後の歳時記に、次のような文章が載ることがあってもよいと思っています。

 「この季語は平成に生み出された季語である。○○を××と擬人化することで、春の○○の様子をうまく表現している。今や、俳句をやらない人でも、春にはこの季語を時候の挨拶に用いる


季語の用い方・俳句の作り方のポイント
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 「山眠る」と形容される冬山を眺めると、山もその周りの空気も鎮まっていて、緊張感を覚えます。
 これに対し、木の芽が膨らみ、草が青み、鳥が囀り、「山笑ふ」と形容される春山の表情は、見る者の心を弛緩させます。

 見る者が、緊張から弛緩へと心を変化させる一瞬を、次の句はよく表現していると思います。

  筆取りて向かへば山の笑ひけり (大島蓼太)

 蓼太(りょうた)は信濃出身の江戸時代の俳人で、私の心を捉える句をたくさん作っています。

 次は私の俳句です。
 既に心を弛緩させている人物が、山の笑みを見て、いっそうリラックスした気分になっています。

  山笑ふノート丸めし筒の中 (凡茶)

 とにかく、山笑ふという季語が表現する笑いは、緊張から弛緩への変化を促す、ささやかな笑みであり、ゲラゲラの大笑いではありません。
 よって、次の俳句のように、日常生活のささやかな場面を取り合わせてやった方が、劇的な場面を取り合わせてやるより、山笑ふという季語を活かせると思います。

  蒟蒻のしみ損うて山笑ふ (竹丈)
      蒟蒻=こんにゃく。

  アルパカを撫づ四方の山笑ふ中 (凡茶)

 そして、山笑ふという季語を使うと、対象となる山が、ずっと身近に感じられ、愛おしく感じられる句に仕上がります。

  同じ名をけふ笑ひけり朝熊山 (中川乙由)
      けふ=今日。 朝熊山=あさまやま。

 長野と群馬の境にある、標高2568mの活火山のあさまやま(浅間山)を念頭に入れ、三重にある標高555mのあさまやま(朝熊山)を詠んでいます。

  鎌倉や昔笑うた山ばかり (飯島吐月)

 吐月(とげつ)は蓼太の弟子です。
 吐月がこの句を詠んだ江戸時代、既に鎌倉は古都になっていました。



≪おすすめ・俳句の本≫

俳句の宇宙 長谷川櫂著
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■ 俳句は深くて、面白いなあ… 心からそう思えた本でした!


 最も私の心をとらえたのは第四章「間について」
 この章を読み、俳句の「切れ」を「間」と捉え、その「間」をじっくり味わおうとするようになってから、既に目にしていた名句が、それまでとは違って見えてくるようになりました。

 また、第七章「宇宙について」も、面白くてあっという間に読んでしまいました。
 この章で、「造化」というものに関する著者の考え方を読んでから、芭蕉の時代の句に接する際は、その句が生み出される場としての「造化」というものを読み取ってみようと意識するようになりました。
 もちろん、私ごときが読み取ろうと思って読み取れるような浅いものではないのですが…

 とにかくこの本は、
 「自分が足を踏み入れた俳句の世界は、どこまでも深いんだなあ。そして、深みに潜れば潜るほど、新しい面白みに接することができるんだなあ… 」
 そんな気持ちにさせてくれる一冊でした。



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posted by 凡茶 at 18:32 | Comment(0) | 春の季語(地理) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする


春の川 (春の季語:地理)

     春の河 春川 春の江 春江(しゅんこう) 春の瀬

麗らかな晩春の小川
13春の季語・地理・春の川(晩春).jpg
        デジカメ写真

眩い光に満ちた早春の川
13春の季語・地理-春の川.jpg
        デジカメ写真


季語の意味・季語の解説
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 谷底を削る河川の上流や、山里を貫く河川の中流は、春になると雪解け水を湛え、生き返ったように滔滔と流れるようになる。

 河道が狭くなる所ではとくとくと音をたて、開けた浅瀬では川底の石の上ではしゃぎ、躍動的である。

 また、海に近い下流では、春の川は表層に光、深層に力を満たして、ゆったりと流れるようになる。

 岸に目をやれば、木々の芽は膨らみ、古草の間から瑞々しい草が萌え始めている。


季語随想
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≪ 東日本大震災を受けて ≫ 2011.3.14

■ 学生時代・教員時代を過ごした第二の故郷仙台・三陸が、未曾有の大災害に見舞われた。

 友人と海水浴に訪れた七ヶ浜や仙台の荒浜、サークルの合宿地となった野蒜海岸、たくさんのもてなしを受けた親友の実家がある気仙沼、部活動の引率で生徒と訪れた女川、一人旅で滞在した宮古…
 テレビを見ていると、大切な思い出の場所が、大津波で壊滅的な打撃を受けた町として、次々と報じられていく。

 目を覆いたくなるような惨状が画面に映るたびに、呆然となる。
 被災地の地名と懐かしい人たちの顔が頭の中で結びつく。
 感情の高ぶりが襲ってくる前に、涙がとめどなくあふれてくる。

 私の住まいも長野県栄村付近を震源とする群発地震で繰り返し揺れ、脱力感に恐怖心も加わる。
 正直、あれから何も手に付かなかった…

■ しかし、マグニチュード9.0の巨大地震から三日、海外からの励ましの声や善意が日本にいっぱい届けられているということをテレビで知った。
 うれしかった。
 ありがたいと思った。
 そして、私も日本人として何らかの行動を起こし、その思いに報いなければならないと思い、こうしてブログの執筆を再開した。

 ありがたいことに、震災前から、このブログには毎日500人程度の読者が訪れて下さる。
 その読者の皆様に、私の思いを真摯に伝えること、それを私の震災後の活動の第一歩とすることにした。

 私が伝えたいこと、それは、日本は今こそ争いの濁流から流路を変え、協調と言う温かさで満ちた春の川となって、前向きな気持ちを失わずに復興を目指そうと言う思いだ。

■ 震災後、世界の多くの国々が、日本への全面的な支援を表明して下さった。
 日本より経済的に恵まれない国々も、そして、領土・歴史等の様々な問題を互いに抱えてきた国々も…

 これまで日本が世界各地の被災地に人的・物的支援を率先して行ってきたことが、このようなありがたい形で、国際社会から帰ってきた。

 まるで世界中から温かい春の小川が涸れかけた日本という川へたくさん流れ込んできて、国難の日本を「希望」という春の光を帯びた、復興への大きな川に生まれ変わらせてくれているかのようだ。

 震災前、インターネットの書きこみや一部の政治家・文化人の発言に、「愛国心」と「外国を敵視する心」を取り違えているような煽動的なものが増えていた。
 しかし、いざという時に日本を助けてくれるのは、そのようなナショナリズムではない。

 日本に、この国難から復興するチャンスを与えてくれたのは、世界を愛して世界に貢献することで、世界の評価を地道に獲得してきたくれた日本人たちの地道な活動であった。
 
 温かい心、協調しようとする心、貢献しようとする心、助け合おうとする心は、必ず同じ心となって、暖かい春の川となって、自分のもとへ戻ってくるのだ。
 
■ 政治も、互いの粗をけなし合って議席を奪い合うような諍いの政治は即座にやめ、知恵を出し合って、この未曾有の大災害から復興する道しるべを国民に示してほしい。
 与党も野党もない。
 新自由主義も社会主義も、保守もリベラルもない。
 互いに手を取り合い、「日本の復興」これを唯一の政治目標として、国家を牽引してもらいたい。

 国民一人一人が、光り輝き躍動する春の小川となり、復興に向けて合流し、再び大河となって流れ始めるためには、右も左もなく、全ての政治家が一丸となって進むべき流路を示す必要があるのだ。
 政治家同士が、罵り、つぶし合う姿を見ても、国民の心は少しも躍らない。


季語の用い方・俳句の作り方のポイント
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 上流の春の川を俳句に詠むときは、雪解け水を湛えて勢いを増した川の、躍動感を読者に伝えたいと思います。

  春の川底の荒きを喜べり (凡茶)

 力を宿し、光を放ちながらゆったり流れる春の川の下流を俳句に詠むときは、駘蕩たる気分が伝わるようにしたいものです。

  釣り人に関取混じる春の河 (凡茶)

 古句においても、春の川は、人々の気持ちを弾ませるものとして詠まれました。

  散る花の外は流れず春の川 (天野桃隣)



≪おすすめ・俳句の本≫

俳句の入口 〜作句の基本と楽しみ方 藤田湘子著
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■ 俳句はリズムである… 大切なことを教えてくれた一冊です。


 左の本に出会うまでは、伝えたいこと、表現したいことを無理やり五七五の定型に詰め込むような俳句作りをしていました。

 つまり以前の私にとって、定型は約束事だから仕方なしに守る制約にすぎなかったのです。

 しかし、この本を読んで、俳句は韻文であり、大切なのはリズムであることを知ると、定型、切れ字等の大切さが少しずつわかるようになっていきました。

 「意味」から「音」へ!
 私の俳句に対する意識を大きく変えてくれた一冊です。



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