朝凪(あさなぎ) (夏の季語:天文)

     朝凪ぐ(あさなぐ)

22夏の季語・天文・朝凪(俳句入り).jpg
        パソコン絵画


季語の意味・季語の解説
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 地表付近の風は、気温の低いところから、気温の高い方へ向かって吹く性質がある。
 気温の低いところは空気が沈んできて濃くなり(気圧が高くなり)、気温の高いところは空気が上空に浮かんで薄くなる(気圧が低くなる)からだ。
 
 ゆえに、夏の海岸地方では、海が陸よりも涼しくなる昼には、海から陸に向かって海風(かいふう)が吹き、陸が海よりも涼しくなる夜には、陸から海に向かって陸風(りくふう)が吹く。

 そして、夜の陸風から昼の海風に風向きが入れ替わる朝、風がほとんどなくなる時間帯がある。
 これが朝凪(あさなぎ)である。

 これに対し、昼の海風から、夜の陸風へと風向きが替わる頃の無風状態を夕凪(ゆうなぎ)と呼ぶ。

 夕凪は、昼のあいだ太陽に熱せられ続けた後に起こる無風状態であるから、人々はこれを暑くて耐えがたい時間帯と受け取る。
 
 これに対し、朝凪は、これから長い長い夏の一日が始まる前の、静かで落ち着いた時間帯という感じがする。 

 「朝凪」と「夕凪」、この二つの季語を上手に使い分けたい。


季語随想
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 教員時代、生徒の引率で、三陸の小さな漁村を訪れたことがある。

 何日目かの朝、漁港のあたりを散歩していると、どこからともなく老人が現れて海の方を向き、持っていた杖を足元に置いた。

 そして老人は、ポンポンと柏手を打つと、深々と海に対して一礼し、杖を拾って戻っていった。

 老人は、沖に船を出している家族の無事を祈って海を拝んだのだろうか?
 それとも、自らの人生の全てを捧げた生業の場に、心からの敬意を表するために海を拝んだのだろうか?

 いずれにせよ、老人にとっては…、

 生きることとは、海の怖さを知り、海から身を守る術(すべ)を身につけることであったに違いない。

 生きることとは、海の恵みを知り、海から与えられる術を身につけることであったに違いない。


 老人の去った後の朝凪の静けさの中、自然と次のようなことを考えていた。

 進学校の教師である私は、生きることとは、競争社会に勝ち抜く術や、効率よく利益を得る術を身につけることであるなどと、疑いもなく教壇で語ってはいなかったろうかと。 


季語の用い方・俳句の作り方のポイント
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 上の「季語随想」に書いたように、私は朝凪(あさなぎ)の三陸海岸で、海を拝む老人という、とても印象に残る光景を目にしました。
 そして、その日のうちに、次の二つの俳句を得ることができました。

  杖置いて朝凪の海拝みけり (凡茶)

  朝凪の海を拝みて杖拾ふ (凡茶)
      杖=つえ。

 前者は、老人が海に現れてから、海を拝むまでを詠んだものであり、後者は、海を拝んでから、海から去るまでの時間を詠んだものです。

 はじめ、私は、二つのうちのどちらの俳句を、自分の作品として正式に採用すべきか迷いました。
 しかし、迷った末、両方とも自分の作品として残すことに決めました。

 二句からは、ともに「海の静けさ」「海の神秘性」「海への畏敬」を感じ取ることができ、「朝凪」という季語をよく活かせてると、自惚れることができるからです。

 風の無い耐えがたい暑さを連想させる夕凪(ゆうなぎ)という季語に対し、夏の一日が始まる前の静かさを連想させる朝凪という季語を用いた秀句は、まだそんなに多くはないと思われます。
 積極的に朝凪の句を詠んで、句会や俳誌で評価を仰いでみましょう。



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俳句の宇宙 長谷川櫂著
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■ 俳句は深くて、面白いなあ… 心からそう思えた本でした!


 最も私の心をとらえたのは第四章「間について」
 この章を読み、俳句の「切れ」を「間」と捉え、その「間」をじっくり味わおうとするようになってから、既に目にしていた名句が、それまでとは違って見えてくるようになりました。

 また、第七章「宇宙について」も、面白くてあっという間に読んでしまいました。
 この章で、「造化」というものに関する著者の考え方を読んでから、芭蕉の時代の句に接する際は、その句が生み出される場としての「造化」というものを読み取ってみようと意識するようになりました。
 もちろん、私ごときが読み取ろうと思って読み取れるような浅いものではないのですが…

 とにかくこの本は、
 「自分が足を踏み入れた俳句の世界は、どこまでも深いんだなあ。そして、深みに潜れば潜るほど、新しい面白みに接することができるんだなあ… 」
 そんな気持ちにさせてくれる一冊でした。



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白南風(しろはえ) (夏の季語:天文)

     しろばえ しらはえ

白南風
22夏の季語・天文・白南風.jpg
        パソコン絵画


季語の意味・季語の解説
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 夏になると、日本列島には、太平洋高気圧(小笠原気団)から南東季節風が吹き寄せるようになる。
 これを日本人は、冬の北風に対し、夏の南風(みなみかぜ・みなみ・はえ)と呼んできた。

 この南風のうち、梅雨時に吹いて黒雲を運ぶ、湿気の多い風を黒南風(くろはえ)と呼ぶ。

 これに対し、梅雨明け、もしくは梅雨晴れや梅雨明け間近に吹く、雨雲を一掃するような爽やかな風を白南風(しろはえ)と呼ぶ。

 対(つい)になる黒南風という季語がある分、白南風という季語からは、ことさら明るい印象を受ける。  


季語随想
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 ピリオドを打てず、コンマをつけたままにしてきたことがある。

 コンマのままにしていたから、考え事の多い日々になっちまった…。

 梅雨が明けた。
 人生という原稿用紙に、新しい文章を書いていくために、もうコンマをつけず、ピリオドを打つ覚悟をした。

 引き延ばしてきた古い文章にピリオドを打つと決めたら…,

 海と空の間から生まれてくる白南風が、一段とさわやかに感じられた。


季語の用い方・俳句の作り方のポイント
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 梅雨雲を運んで来る黒南風(くろはえ)に対し、それを払い去る白南風(しろはえ)は、とても明るく、爽やかな印象を持っています。
 ですから、白南風を季語に俳句を詠むと、それだけでその句は、梅雨明けの解放感、夏の風の清涼感を内包します。

  白南風に乗りて少女の好返球 (凡茶)

  白南風や鮨屋を変へて同じもの (凡茶)

 例えば、二句目については、白南風という季語があるために、よく晴れた日に鮨屋めぐりを楽しんでいる人物を、読者のみなさんは想像するのではないでしょうか。
 ここで、この白南風を黒南風という季語に変えてみます。

  (試作)黒南風や鮨屋を変へて同じもの

 今度は、黒南風という季語があるために、満足する鮨に出会えず、鮨屋を仕方なく変えている人物が想像されるのではないでしょうか。

 季語を変えると句の印象ががらりと変わります。
 これが季語の強さであり、怖さでもあるのです。



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梅雨 (夏の季語:天文)

     梅雨(つゆ) 梅雨(ばいう) 黴雨(ばいう) 梅の雨
     荒梅雨(あらづゆ) 空梅雨(からつゆ) 旱梅雨(ひでりつゆ)

梅雨の風景
22夏の季語・天文・梅雨@.jpg
        デジカメ写真
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        デジカメ写真


季語の意味・季語の解説
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 おおよそ仲夏にあたる6月上旬から7月中旬まで続く雨期、並びにその時期に降る雨を梅雨と言う。
 ただし沖縄は、ひと月早い5月上旬から6月中旬にかけてが梅雨となり、北海道や小笠原諸島には明瞭な梅雨が見られない。

 日本付近に梅雨をもたらす梅雨前線(ばいうぜんせん)は、オホーツク海に発達したオホーツク海気団の冷たい空気と、太平洋に発達した小笠原気団の暖かい空気がせめぎ合うことで生じるが、やがて小笠原気団の勢力が拡大すると、オホーツク海気団とともに梅雨前線が北へ追いやられ、梅雨明けとなる。
 ただし、エルニーニョ現象が生じた年などは小笠原気団の勢力が弱くなることが多く、東北地方などは梅雨明けしないまま秋を迎えることもある。

 梅雨の時期は、しとしとと、あまり雨脚の強くない雨が降ったりやんだりしながらひと月以上続き、食中毒が発生しやすくなる。
 人間は体調を壊したり、心を病んだりしがちな季節であるが、蝸牛(カタツムリ)や蛞蝓(ナメクジ)や蛍にとっては、しっとりと過ごしやすい優しい季節である。

 梅雨という季語には副題が多いが、ここで代表的なものを紹介しておく。

 ・黴雨(ばいう): カビの雨と書いて「ばいう」と読ませることができる。私が学生時代を過ごしたぼろアパートは、梅雨の時期ともなるとカビの匂いでむせるほどになった。

 ・荒梅雨(あらづゆ): 激しく降ることの多い梅雨。もしくは梅雨のうちでも特に雨量の多い時期。梅雨の後半にはしばしば集中豪雨が災害を引き起こす。

 ・空梅雨・旱梅雨: 雨の乏しい梅雨。水不足が心配される。

 なお、五月雨(さみだれ)とは陰暦五月に降る雨のことで、梅雨のことと考えて差し支えない。
 ただし、梅雨という季語が、雨そのもののほかに雨季も指すのに対し、五月雨が指すのは雨そのものである。 


季語随想
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■ 一 ■ 読書の梅雨

 「読書の秋」という言葉があります。
 暑くもなく、寒くもない、過ごしやすい秋の夜長は確かに読書に向いています。

 「読書の秋」に読みたい本は、やはり小説です。
 小説という架空の世界に遊び、実生活のことを一時(いっとき)忘れてみたくなるのが「読書の秋」です。

 ところで、私は梅雨という季節も、秋に負けないくらい読書にふさわしい季節だと考えています。
 6月上旬から7月中旬にかけては、「読書の梅雨」と呼ぶべきだと思っています。

 では、読書の梅雨に読むべき本は。どのような本でしょうか?
 
 梅雨時は鉛色の空がずっとかぶさっているため、心が塞ぎがちになります。
 心を病むことだってあります。
 そんなとき、無理に実生活とかけ離れた小説の世界を楽しめと言っても、無理があります。

 ですから、「読書の梅雨」には、自分自身の現在を見つめ、さらには未来について考え、その上で、自分自身のためになりそうな本を、いろいろと探し出しては読んでみるのが良いでしょう。

 自分が求めているものは何か、自分が諦めきれないでいるものは何か、自分に足らないものは何か、自分が捨てるべきものは何か、自分はどう生きたいのか、自分はどう生きたくないのか、そんなことを考えながら、書店で、インターネットで、今の自分に必要そうな本を、あれこれ探してみるのです。

 こうして探し出した本たちを自分の前に並べて表紙を眺めてみるだけで、自分のこれから進むべき道がなんとなく見えてくるのではないでしょうか。

 あとは、梅雨明けまで、じっくり時間をかけてそれらの本を読み続けていくのです。
 読むごとに迷いが晴れ、明日が楽しみになり、天気予報よりも一足先に、自分自身に梅雨明け宣言を出してやることができるかもしれません。

■ 二 ■ 寿司屋で梅雨を味わう
 
 梅雨時は旬を迎える魚が少なく、どうも寿司屋に足が向かなくなる人が多いようです。
 鯛や赤貝の香りを楽しめる春、鱸(スズキ)や新子(コハダの幼魚)の清涼感の楽しめる盛夏、鮪(マグロ)をはじめとする多くの魚の脂がのる冬、そんな季節と比べると、やはり梅雨時の寿司屋はどこか淋しいのでしょうか。

 しかし、私は梅雨時の寿司屋をけっこう楽しんでいます。

 まず、何といっても梅雨時は穴子が旨い。
 「つゆあなご」という言葉もあるくらい、この時期の穴子は上質の脂がのります。
 甘辛くふっくらと煮る店、煮たものをあぶる店、白煮にして煮詰めを塗る店と、店ごとに個性があり、時に色々な穴子を求めて寿司屋をはしごすることもあります。

 穴子とともに楽しみたいのが、玉子焼きや干瓢(かんぴょう)巻き。
 煮ものネタの穴子もそうですが、こうした火を通したネタが、なんとなく生魚に食指の動かなくなる梅雨時には、とても美味しく、胃にも優しく感じられます。

 それから、鯵(アジ)や鰯(イワシ)もこの時期に美味しくなります。
 これらの魚は少し匂いがありますから、ガリをいっぱいつまみながら、食べるといいでしょう。
 トロの半分以下の値段で、トロにも負けない脂の乗りを楽しめます。 

 梅雨の頃は、鮪や平目など主役級のネタではなく、脇役のネタの意外な旨さを発見するのにふさわしい時期と言えます。

■ 三 ■ 梅雨の優しさ

 なぜ蛞蝓(ナメクジ)を嫌う人が多いのだろう?
 人をチクリと刺したりするわけでもなく、静かにそこにいるだけなのに。

 おそらく、手もなく、足もなく、ぬめっとした感じが、生物として異質なものに感じられるからだろう。

 人間はどうも異質だと思えるものには冷酷になることが多い。
 「自分たち」と異なるものを毛嫌いすることで、「自分たち」の結束力を確認する。
 いや、自分が「自分たち」の一員であることを確かめ、安心する。

 そういう性(さが)が蛞蝓(ナメクジ)に向いているうちはまだいいが、これが同じ人間に向き出したとなると始末におえない。

 「自分たち」と違う…

 そのような目でいったん人を見てしまうと、憎悪し、罵り、やがて排斥しようとする。

 年のせいだろうか…?
 なんだかそんなギスギスした雰囲気を、最近よく感じる。

 近年の日本人は、梅雨の優しさを失いつつあるのではないだろうか。

 蛞蝓も、美しい紫陽花(アジサイ)も、人間様も、しっとりと包んで等しく生かす…

 そんな、梅雨のような優しさが、ここ数年、どんどん人の心の中から無くなりつつあるのではないだろうか。


季語の用い方・俳句の作り方のポイント
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 梅雨という季語を用いた俳句には、やはり、陰鬱さ、重苦しさ、鬱陶しさなどの伝わってくる作品が多いようです。
 しかし、それでも、どこか「しっとりとした潤い」も感じられるので、それを読み取って参考にしてみてください。
 特に最後の句は、「しっとりとした潤い」に重きが置かれています。

  天竜の黴雨や白髪の渡し守 (森川許六)
      天竜=天竜川。  黴雨=ばいう。梅雨のこと。

  灯にも朦かかりけり入梅湿り (三宅嘯山)
      灯=ともし。 朦=もや。 入梅湿り=つゆじめり。

  荒梅雨の旅しめくくる梅こぶ茶 (凡茶)

  列の尾に梅雨浴びゐたり髑髏シャツ (凡茶)
      髑髏=どくろ。最近の若者はびっくりするような服を着ますね…

  梅雨寒や小指で傾ぐ砂時計 (凡茶)
      梅雨寒=つゆさむ。梅雨の頃の寒さのこと。 傾ぐ=かしぐ。



≪おすすめ・俳句の本≫


書いて覚える俳句の形 縦書き版/横書き版 凡茶
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■ 当サイトの筆者が執筆したダウンロードするテキストです!


DLmarketで購入 【書いて覚える俳句の形 〜縦書き版〜】

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 俳句には、読者の心に響く美しい形というものがいくつか存在します。

 例えば、次の二句は、上五の名詞で一旦切り、座五の「けり」でも句末を切る形をしています。

  ●月天心貧しき町を通りけり  蕪村
  ●赤蜻蛉筑波に雲もなかりけり  正岡子規

 次の二句は、形容詞の終止形で中七の後ろを切り、座五に名詞を据える形をしています。

  ●五月雨をあつめて早し最上川  芭蕉
  ●鐘ひとつ売れぬ日はなし江戸の春  其角

 このテキストは、このような俳句の美しい形を、読者の皆様に習得していただくことを目的としています。

 ダウンロードしたpdfファイルのお好きなページをプリンターで印刷し、そこに直接名句を書き込むことで、心に響きやすい俳句の形を身につけていただきたいと願っています。

 なお、本来俳句は縦書きで表記するものですが、パソコン画面上で読む機会が多くなる方のために、縦書き版のほかに、横書き版もご用意しました。
 上の画像・リンクから商品の紹介ページに進んでいただくと、目次や、本文の一部が確認できるような機能もついています。ぜひ中身をお確かめください。

 また、ダウンロード版と一緒に製本版も購入できますので、よろしかったら検討してみて下さい。

 ◎次のリンクは、本サイトにアップした紹介記事です。
   ダウンロード本『書いて覚える俳句の形』の紹介

  


カラー版 初めての俳句の作り方
―写真を見ながらすぐ句作ができる
 石 寒太著
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 俳句のきまりごとや技術的なこともしっかり学べる入門書ですが、この本の最大の長所は、写真が豊富であるという点です。

 俳句は、実際に風景や花などを見ながら勉強すると上達が早いのですが、この本があれば、家に居ながらにして、季節の景物を視覚で楽しみながら、俳句をひねることができます。

 今、大人気の一冊です。



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posted by 凡茶 at 04:46 | Comment(0) | 夏の季語(天文) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする


青梅雨 (夏の季語:天文)

     あおつゆ

青梅雨の景色
22夏の季語・天文・青梅雨@.jpg
        デジカメ写真

22夏の季語・天文・青梅雨A.jpg
        デジカメ写真


季語の意味・季語の解説
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 「青梅雨」と言う季語は、梅雨を浴びてすくすくと育つ木々の青葉、草花などを連想しながら用いる。
 単に「梅雨」と用いる場合よりも、鬱陶しさ、暗さがやわらぎ、しっとりとした感じや、明るい感じが強まる。


季語随想
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 俳句を始める前は、梅雨と言うと、心の塞ぎがちになる、暗い、じめじめとした季節だと思っていました。
 しかし、俳句を始めてからは、梅雨と言う季節は、しっとりと潤いがあり、心穏やかに過ごせる日々なんだと思えるようになりました。

 特に青梅雨と言う季語と出会ってからは、「鬱陶しい日が続くなあ」などという声が周囲から聞こえてきても、その言葉に流されて、自分の気持ちまで落ち込んでしまうこということはほとんどなくなりました。
 青葉や青草にくっついている水滴や、その背後にあるグレーの空が、なんだかとても優しい存在に感じられます。

 人は自らの感情まで周囲の人々と同じにしないと不安になる生き物なのかもしれません。
 しかし、境遇や置かれた環境を、世間様の判断基準ではなく、己の判断基準で楽しんでいこうという気持ちにさえなれれば、心の安らぎなどというものは、案外、得られてしまうものなのかもしれません。

  青梅雨や早く来て待つ無人駅 (凡茶)


季語の用い方・俳句の作り方のポイント
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 「青梅雨」という季語からは、雨の荒々しさ、陰鬱、黴(かび)臭さなどは感じません。
 青葉や草花を育む雨の潤い、雨の日ならではの落ち着きのある閑かさを感じます。

 ですから、この季語を用いる場合は、しっとりとした、やわらかみのある俳句にしたいと考えています。

  青梅雨や薄墨で描く山幾重 (凡茶)

 また、ブルーでも、グリーンでも、グレーでもない、梅雨色とも言うべき漠然とした「青」を生かすような俳句を作って楽しむのもよいでしょう。

  青梅雨や少し冷まして紅茶飲む (凡茶)



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歳時記の収録されている電子辞書
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CASIO エクスワード XD-D6500WE



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合本俳句歳時記 四訂版
現代俳句歳時記
(春・夏・秋・冬・無季)
ホトトギス俳句季題便覧


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広辞苑 第六版
全訳古語辞典 第三版
漢語林


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posted by 凡茶 at 15:18 | Comment(1) | 夏の季語(天文) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする


青嵐 (夏の季語:天文)

     あおあらし せいらん

青嵐
22夏の季語・天文・青嵐.jpg
        デジカメ写真


季語の意味・季語の解説
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 青嵐は、青々と茂った木々の葉や草を揺さぶって吹く強い風。
 「あおあらし」とも「せいらん」とも読むが、前者(訓読み)で詠まれた俳句の方が多い。


季語随想
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 青嵐を浴びると、「強い男」になりたいと思う。
 「怖い男」なんかじゃなくて、「強い男」になりたいと思う。

 分別のない、獣の荒々しさを「強さ」と履き違えている男が多い。
 獣の荒々しさは「強さ」ではなく、「怖さ」だ。

 私は、人間らしい深い優しさのある、「強い男」になりたい。

 青嵐に揺さぶられると、胸の中に凛としたものが宿る。

  小便も野伏の如く青嵐 (凡茶)
      野伏=のぶし。


季語の用い方・俳句の作り方のポイント
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 青嵐という季語からは、清涼感に加え、激しさや勇壮さを感じます。
 草木の香をたっぷり含んだ青嵐に全身を洗われると、胸の中の鉛が吹き飛ばされ、明日へ向かうエネルギーが漲ってきます。
 
 この季語を用いる時は、さっぱりとして、かつ力強い俳句を目指したいものです。

  並べ干すちび柔道着青嵐 (凡茶)

  年来の髭捨てし面青嵐 (凡茶)
      年来=ねんらい。長年の意。 髭=ひげ。 面=つら。顔のこと。



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俳句の宇宙 長谷川櫂著
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