夏の季語<植物> 〜目次ページ〜

日光黄菅(ニッコウキスゲ)
27夏の季語・植物・日光黄菅(ニッコウキスゲ)(ウェブ).jpg
        デジカメ写真

本州中部以北の高原植物。6〜7月ころ、黄色い花を咲かせる。長野県諏訪地方の霧ヶ峰・車山の大群落は有名で、山一面が、ニッコウキスゲの黄一色で埋め尽くされる。上の写真も、霧ヶ峰・車山で撮影した。


掲載季語(50音順)

<あ行の季語>
紫陽花(あじさい)

<さ行の季語>
新じゃが
睡蓮(すいれん)

<た行の季語>
筍(たけのこ)

<は行の季語>
薔薇(ばら)
万緑

<わ行の季語>
病葉(わくらば)



≪本の特集・花と季節を楽しむ≫




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万緑 (夏の季語:植物)

     ばんりょく

27夏の季語・植物・万緑.jpg
        デジカメ写真


● 季語の意味・季語の解説

 辺り一面が草木の緑に覆われた状態を万緑(ばんりょく)と言う。

 初夏の新緑のみずみずしい緑よりも強い、真夏の深い緑を想像すると良い。

 王安石の詠んだ「万緑叢中紅一点(※)」など、万緑の語はもともと漢詩に用いられていたが、中村草田男の次の一句により、俳句の季語として定着した。

  万緑の中や吾子の歯生え初むる (中村草田男)
      吾子=あこ。我が子のこと。
      初むる=そむる。

 近現代の俳句を代表する名句中の名句である。

 ※「ばんりょく・そうちゅう・こういってん」と読む。「見渡す限りの緑の中に赤い石榴(ざくろ)の花が一輪咲いている」という意味だが、今では大勢の男性の中に女性が一人という意味で、紅一点の部分が使われる。


● 季語随想

 俳句を始めて間もない頃の私に、切字の大切さを教えてくれたのが次の一句である。

  万緑の中や吾子の歯生え初むる (中村草田男)

 この句、上五の最後でも、中七の最後でもなく、わざわざ中七の途中に切字の「や」を用いている。

 初めてこの句を読んだとき、まだ俳句というものを全然わかっていなかった私は、「や」のところは「に」に変えた方が文法的に自然ではないのかと思い、実際にそれを試してみた。

  万緑の中に吾子の歯生え初むる

 しかし、「や」の一字を「に」の一字に変えたこの句を読んでみて、切字を用いること、“切る”ということがいかに大切か、思い知らされたような気がした。

 本来の草田男の俳句では、万緑という季語からむせかえるような生命のエネルギーがあふれ出ていて、圧倒されるような感じを覚えるのであるが、「や」を「に」に変えた句からは、そのようなエネルギーを感じない。

 また、本来の句からは、小さな「吾子の歯」に凝集された命の尊さのようなものを強く感じるのであるが、いじった方の句では、それがぼやけてしまっている。

 「ああ、これが切字の効果か!」と、学生時代の煎餅布団の中で、思わず声を漏らしたことを覚えている。

 このことがあって以来、私は、心がけて切字を多用するようになった。

 実際、もともと自分のお気に入りだった句が、切字を入れて作り直すことで、さらなる自信作に成長したことも少なくない。

  春を待つ引き出しの石握りしめ→
  春待つや引き出しの石握りしめ (凡茶)

  朧夜の湯船に並ぶ僧の首→
  僧の首湯船に並ぶ朧かな (凡茶)


● 古今の俳句に学ぶ季語の活かし方

 万緑(ばんりょく)という季語を用いた俳句には、対比によって醸し出される趣きを句のテーマに据えている作品が多いようです。参考にしましょう。

  万緑の中や吾子の歯生え初むる (中村草田男)

 くり返し引用している俳句ですが、生命力の満ちあふれた空間とその中に置かれた小さな命の対比、深い緑とけがれない白の対比が鮮やかです。

  万緑や梵鐘色を鎮めたる (河野静雲)
      梵鐘=ぼんしょう。寺などの釣り鐘のこと。
      鎮めたる=「しずめたる」と読む。

 草木の緑と古びた鐘の錆び色の対比を味わいます。

  寂として万緑の中紙魚は食ふ (加藤楸邨)
      寂=「せき」と読む。紙魚=しみ。

 卑小な紙魚を万緑と対比させていますが、滑稽味があると同時に、緑の深さに畏れ(おそれ)のようなものも感じる一句です。

  谿へ尿すはてきらきらと万緑へ (加藤楸邨)
      谿=「たに」と読む。尿=「いばり」と読む。

 昔買った歳時記から見つけた俳句で、上の句と同じ作者の作品ですが、こちらの万緑からは青々と大らかな印象を受けます。

  万緑や死は一弾を以て足る (上田五千石)
      以て=「もって」と読む。

 生と死の対比にどきりとさせられます。

 最後に、私の俳句を紹介します。
 大いなる自然と、ささやかな人の暮らしを対比させました。

  万緑の端より摘みし薬味かな (凡茶)



≪おすすめ・俳句の本≫

新版20週俳句入門 藤田湘子著
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■ どこに出しても恥ずかしくない俳句を詠めるようになる本です

 昭和63年に出された旧版『20週俳句入門』があまりにも優れた俳句の指導書であったため、平成22年に改めて出版されたのが、この『新版20週俳句入門』です。

 この本は、
   〔型・その1〕 季語(名詞)や/中七/名詞
   〔型・その2〕 上五/〜や/季語(名詞)
   〔型・その3〕 上五/中七/季語(名詞)かな
   〔型・その4〕 季語/中七/動詞+けり

 の4つの型を、俳句を上達させる基本の型として、徹底的に読者に指導してくれます。

 これらをしっかり身につけると、どこに出しても恥ずかしくない俳句を詠めるようになるでしょう。

 王道の俳句を目指す人も、型にとらわれない斬新な俳句を目指す人も、一度は読んでおきたい名著です。




俳句の宇宙 長谷川櫂著
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■ 俳句は深くて、面白いなあ… 心からそう思えた本でした!


 最も私の心をとらえたのは第四章「間について」
 この章を読み、俳句の「切れ」を「間」と捉え、その「間」をじっくり味わおうとするようになってから、既に目にしていた名句が、それまでとは違って見えてくるようになりました。

 また、第七章「宇宙について」も、面白くてあっという間に読んでしまいました。
 この章で、「造化」というものに関する著者の考え方を読んでから、芭蕉の時代の句に接する際は、その句が生み出される場としての「造化」というものを読み取ってみようと意識するようになりました。
 もちろん、私ごときが読み取ろうと思って読み取れるような浅いものではないのですが…

 とにかくこの本は、
 「自分が足を踏み入れた俳句の世界は、どこまでも深いんだなあ。そして、深みに潜れば潜るほど、新しい面白みに接することができるんだなあ… 」
 そんな気持ちにさせてくれる一冊でした。




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睡蓮(すいれん) (夏の季語:植物)

     未草(ひつじぐさ) スイレン

27夏の季語・植物・睡蓮(すいれん)・俳句添え.jpg
        デジカメ写真


● 季語の意味・季語の解説

 睡蓮(スイレン)は多年生の水草である。
 切れ込みのある楕円形の葉を水面に浮かべ、その間に蓮(ハス)に似た花を咲かせる。

 花は昼のさなかに開き、夕方になると閉じて、その後は睡ったようになる。
 ゆえに睡蓮という名がつけられた。

 分布域は広く、熱帯から温帯にかけての池沼に自生する。
 また、古代エジプトの壁画から、栽培の歴史も長いことが知られている。

  ナイル河の金の睡蓮ひらきけり (石原八束)

 睡蓮の花の色は、赤、黄、紫など様々であるが、そうしたカラフルなものは全て鑑賞用の外来種であり、日本に古くから自生するものは小ぶりな白い花を咲かせる。

 睡蓮の花言葉「純潔」がまさにふさわしい可憐な白い花である。

 この日本の白い睡蓮は未の刻(午後二時)頃に開くことから、未草(ひつじぐさ)と呼ばれる。

  山の池底なしと聞く未草 (稲畑汀子)


● 自句自解

 若い頃、「京鮓や雨を喜ぶ女の子」という俳句を雑誌に発表し、高名な先生方から厳しい評価をいただいたことがある。

 「雨を喜ぶ女の子」の中七・座五は良いが、「京鮓」(きょうずし)という季語の選択が甘いという指摘だったと記憶している。

 今振り返ればたしかにその通りであり、現在の私がこの句の批評を試みれば、その先生方と同じような評価を下すことになると思う。

 ただ、当時の私は打たれ弱い青二才だったので、そこそこにプライドが傷つき、しばらくの間自分の俳句に自信を持てなくなってしまった。

 そんなことがあってからしばらく経ったある日、私は睡蓮の咲く小さな池のほとりに来ていた。

 そこで、雨に叩かれる水面をゆっくり眺めているうちに、なにか「!」と閃くものがあったような気がした。

 “「京鮓や雨を喜ぶ女の子」の「京鮓」を、「睡蓮」という季語に置き換えてみたらどうだろう…?”

 こうして得られたのが次の一句である。

  睡蓮や雨を喜ぶ女の子 (凡茶)

 後日、結社誌にこれを投句すると、幸いにも高い評価を師からいただき、私のお気に入りの一句となった。

 この出来事があって以来、俳人たちが「俳句を作った」という表現のかわりに、「俳句を得た」という表現を用いる理由がよくわかった気がする。

 昔の人たちは、天地・万物を創造・化育する「造化」という力(存在)が、人々に詩歌や句を得させると考えたようだが、「作った!」という感触よりも、「得られた!」という感触の方が大きかった作品に、佳句は多いのかもしれない。


● 古今の俳句に学ぶ季語の活かし方

 睡蓮の学名「ニンフエア」は、「水辺の女神」という意味だそうです。
 なるほど、睡蓮の花には、女神と呼ばれるにふさわしい存在感があります。

 以下の俳句は、そんな睡蓮の「存在感」を詠んだ名句だと思います。

  遠く咲く睡蓮ひとつ去りがたし (成瀬櫻桃子)

  睡蓮のしばらく人を絶ちて紅し (深見けん二)

  睡蓮の花までの距離思ひをり (桶笠文)

 この睡蓮という花は雨との相性が良いようです。

 紫陽花(あじさい)も雨との相性の良い季語ですが、睡蓮を季語に詠んだ俳句は、紫陽花の句以上に、雨の一粒一粒をはっきりと読者に感じさせてくれます。

  睡蓮のすき間の水に雨の文 (富安風生)
      文=「あや」と読む。水面に広がる波紋のこと。

  睡蓮の源平咲きに日照雨かな (藤田湘子)
      源平咲き=紅白の花が咲いている状態。赤が平氏、白が源氏の旗の色。
      日照雨=そばへ(そばえ)と読む。

  睡蓮や雨を喜ぶ女の子 (凡茶)


≪おすすめ商品≫

カラー版 新日本大歳時記 愛蔵版
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■ 写真・絵の豊富な大歳時記です!


 『カラー版 新日本大歳時記』は、かつて春・夏・秋・冬・新年の全5巻に分けて発売され、大ベストセラーとなった歳時記です。

 “愛蔵版”は、その内容が一冊にまとめられたもので、購入しやすい値段となりました。

 この歳時記は、季語の詳しい解説や古今の名句に加え、写真や絵も豊富に掲載されていて、俳句の勉強になるのはもちろんのこと、鑑賞していて飽きない芸術性の高い一冊でもあります。

 私は、愛蔵版が出る前の全5巻を持っているのですが、この歳時記のおかげで俳人としてスキルアップし、かつ、日本の風土と文化の素晴らしさを再確認することができました。
 この歳時記は、私の俳句生活におけるかけがえのないパートナーであり、大切な財産でもあります。



歳時記の収録されている電子辞書
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CASIO エクスワード XD-D6500RD



 以前は、句会・吟行といえば、辞書や歳時記などを持参しなければならず、これが結構重いものでした。

 しかし、今は歳時記入りの電子辞書が登場したおかげで、ずいぶん持ち物が軽くなりました。

 例えば、左の電子辞書には、次の歳時記が納められています。

合本俳句歳時記 四訂版
現代俳句歳時記
(春・夏・秋・冬・無季)
ホトトギス俳句季題便覧


 また、次のような収録コンテンツも、きっと俳句の実作、吟行に役立つでしょう。

広辞苑 第六版
全訳古語辞典 第三版
漢語林


 読めない漢字も手書きで検索できますし、俳人にとっては実にありがたいですね!

 この電子辞書には、他にも、百科事典や、日本と世界の文学作品(各1000作品)等、さまざまなコンテンツが収められていて、とにかく飽きません。
 世の中便利になったものです。




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posted by 凡茶 at 05:28 | Comment(0) | 夏の季語(植物) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする


紫陽花(あじさい) (夏の季語:植物)

     あぢさゐ アジサイ 四葩(よひら) 四葩の花

紫陽花(アジサイ)
27夏の季語・植物・紫陽花(アジサイ).jpg
        デジカメ写真


季語の意味・季語の解説
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 紫陽花は、小さな花が群れ咲いて大きな毬(まり)の形をなす、梅雨の時期を代表する花。

 今鑑賞されている種類の多くは西洋で品種改良されたものであるが、その原産地は日本であり、シーボルトらが西洋に持ち帰ったものが元になっている。

 個々の花がもともと持っている成分や、土壌のpH(酸性度)やアルミニウムイオンの量によって、青、紫、赤、白、緑など様々に色を変化させるため、「七変化」とも呼ばれる。

 四枚の花弁を持つので四葩(よひら)とも呼ばれ、俳人にはこの語を用いる人も多い。
 ただし、花弁に見えている部分は生物学的には装飾化と呼ばれ、萼(がく)が変化したものである。


季語随想
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 小さな花をいっぱい咲かせて、大きな毬を作り上げた紫陽花のように…

 小さな仕事をコツコツと積み重ねていけば…

 凡庸なこの私でも、大輪の薔薇に負けないような創造を実現することができるはず…

 今さらながら、そんなことを考える。

 紫陽花が色を変えるように、私も時代の流れに合わせて柔軟に自分を変えていきたい…

 紫陽花がかたつむりを葉に休ませるように、私も大らかにいろんな友を呼び寄せたい…

 この年になってそんなことを考える。

 梅雨時の重い体に鞭打ち、あぢさゐ寺を訪れて見て、ああよかったなあと思っている。


季語の用い方・俳句の作り方のポイント
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 松尾芭蕉以来、俳諧・俳句では、閑寂の美が積極的に詠まれてきました。
 紫陽花(アジサイ)は、まさにその「閑寂」が似合う花だと思います。

 江戸時代の加藤暁台と、私の句を参考にしてみてください。

  あぢさゐに喪屋の灯うつるなり (暁台)
      喪屋=もや。 灯=ともしび。

  紫陽花や小虫浮きたる供へ猪口 (凡茶)
      供へ=そなえ。 猪口=ちょこ。おちょこのこと。

  径細り径尽きてあぢさゐの中 (凡茶)
      径=みち。小道のこと。

 また、紫陽花は、漠として陰鬱な梅雨の景に、心を健やかにしてくれるような彩りを与えてくれます。
 江戸時代の成田蒼きゅうと私の句に登場する紫陽花は、それぞれどんな色が最も似合うでしょうか?
 読者の皆様の想像力にお任せします。

  あぢさゐや澄み切つてある淵の上 (蒼きゅう)

  あぢさゐや見覚えのある転入生 (凡茶)



≪おすすめ・俳句の本≫

俳句の宇宙 長谷川櫂著
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■ 俳句は深くて、面白いなあ… 心からそう思えた本でした!


 最も私の心をとらえたのは第四章「間について」
 この章を読み、俳句の「切れ」を「間」と捉え、その「間」をじっくり味わおうとするようになってから、既に目にしていた名句が、それまでとは違って見えてくるようになりました。

 また、第七章「宇宙について」も、面白くてあっという間に読んでしまいました。
 この章で、「造化」というものに関する著者の考え方を読んでから、芭蕉の時代の句に接する際は、その句が生み出される場としての「造化」というものを読み取ってみようと意識するようになりました。
 もちろん、私ごときが読み取ろうと思って読み取れるような浅いものではないのですが…

 とにかくこの本は、
 「自分が足を踏み入れた俳句の世界は、どこまでも深いんだなあ。そして、深みに潜れば潜るほど、新しい面白みに接することができるんだなあ… 」
 そんな気持ちにさせてくれる一冊でした。



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posted by 凡茶 at 18:45 | Comment(0) | 夏の季語(植物) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする


薔薇(ばら) (夏の季語:植物)

     バラ 薔薇(そうび) しょうび

薔薇(バラ)
27夏の季語・植物・薔薇(バラ).jpg
        デジカメ写真


季語の意味・季語の解説
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 鑑賞用、贈答用に栽培される代表的な花。
 赤、白、黄など様々な色があるが、俳句の中で白薔薇、黄薔薇などとせず、単に「薔薇」と用いる場合は、多くの読者が赤い薔薇を想像すると思われる。

 鮮やかな色、馥郁たる香りから、高貴の象徴とされるが、鋭い棘(とげ)のある品種も多く、魔性を感じさせる時もある。

27夏の季語・植物・薔薇 〜ばら〜.jpg
        パソコン絵画


季語随想
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●友達からバラの届く母

 母の大切な友達が、わが家に真っ赤なバラを届けてくれました。
 冒頭の写真がそれです。

 母はずっと年下の人から、ずっと年上の人まで、多くの友達を持っています。
 そして、母には、毎日のように、心を幸せにしてくれるたくさんのプレゼントが届きます。

 自家製のお菓子、時間をかけて作った蕗の煮もの、近所の名店のタイ焼き、家庭菜園の野菜、等々…。

 今度のバラも、そうしたプレゼントの一つです。

 世の中には、その人に話を聞いてもらうだけで、不安や怒りがスーッと消えていく、心のお医者さんのような人がいます。
 私も、心のお医者さんのような人々に幾度となく元気をもらってきました。

 たぶん、そんなキャラクターだから、母はいくつになっても友達を増やしていくことができるのでしょう。
 息子の私はそう見ています。

 ところで、母の血を引いているにもかかわらず、私はいい年をして友達関係の構築が実に苦手です。
 私のようなひねくれ者に友からバラが届くようになるのは、母を手本に人付き合いを学び始めたとしても、ずっと先のことになるでしょう。
 ですから私は、人からバラをいただく前に、人にバラの花を贈れる、純な心の持ち主になることを初めにしなくてはならないようです。

●バラの香りのするフルーツ

 日本人が好んで食べるフルーツには、バラ科に属するものが多いようです。

 林檎、桃、スモモ、梨、洋梨、梅、あんず、サクランボ、かりん、びわ、苺…
 これらは皆、バラ科の植物なんだそうです。
 
 多くのフルーツがバラ科であるということを知ったとき、私は次のような想像をしました。
 世界のどこかには、きっと、薔薇と同じ香り、もしくは薔薇に極めて似た香りを持つフルーツが存在するのではないかと。

 そして、頭の中でそのフルーツを味わってみました。
 まずは馥郁たる香りが鼻へ抜け、次に爽やかな甘みが口いっぱいに広がりました。
 あまりの美味しさに、想像の味であるにもかかわらず、恍惚となりました。

 直後、私は、その至福の美味を実体験すべく、未知のフルーツを見つけるための世界旅行に出かけてみようかなどということを考えました。
 そして、許可を得てその種子を持ち帰り、日本で新たな商売でも起こそうかと。

 また、果実の品種改良を一から学んで、薔薇の香りのする理想のフルーツを自らの手で生み出してみようかとも考えました。
 
 しかし、百の想像をして、一の行動を実現するかしないかという愚図な私です。
 当然、薔薇の香りのするフルーツを自らの手に入れるための行動は何一つせず、想像の世界だけでその味を楽しんでいくことになりました。

 私に、もうすこし想像を行動に移す身軽さがあれば、「バラ色」の人生を手にすることもできたのかもしれないのですが。


季語の用い方・俳句の作り方のポイント
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 色鮮やかで高貴な香りのする薔薇(ばら)は、だれもが認める美しい花です。
 しかし、棘(とげ)のある品種が多いためか、その美しさは、どこか「ぞくっ」とするような美しさです。

 ですから、私が薔薇を季語に俳句を詠む場合は、その「ぞくっ」という部分を生かすような作り方が多くなります。

  終電に一輪の薔薇落ちゐたり (凡茶)

  薔薇園やちびを捕へし鼠とり (凡茶)



≪おすすめ・俳句の本≫

俳句の宇宙 長谷川櫂著
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■ 俳句は深くて、面白いなあ… 心からそう思えた本でした!


 最も私の心をとらえたのは第四章「間について」
 この章を読み、俳句の「切れ」を「間」と捉え、その「間」をじっくり味わおうとするようになってから、既に目にしていた名句が、それまでとは違って見えてくるようになりました。

 また、第七章「宇宙について」も、面白くてあっという間に読んでしまいました。
 この章で、「造化」というものに関する著者の考え方を読んでから、芭蕉の時代の句に接する際は、その句が生み出される場としての「造化」というものを読み取ってみようと意識するようになりました。
 もちろん、私ごときが読み取ろうと思って読み取れるような浅いものではないのですが…

 とにかくこの本は、
 「自分が足を踏み入れた俳句の世界は、どこまでも深いんだなあ。そして、深みに潜れば潜るほど、新しい面白みに接することができるんだなあ… 」
 そんな気持ちにさせてくれる一冊でした。



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posted by 凡茶 at 17:33 | Comment(0) | 夏の季語(植物) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする